れいおう

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今まで生きてきた中でやり直したいと思ったことはないかと聞かれたら大抵の人は「ある」と答えるだろう。俺もそうだ。これまでの人生で一つだけやり直したいことがある。それはいちごのタルト事件だ。俺が彼のことを信じられずに起こってしまった凄惨な事件である。
それは四年前、まだ俺が小学校6年生でまだ気楽に生きていた、雨の降る給食の時間のことだ。その日の給食の時間にはデザートとしていちごのタルトが出ていた。いちごのタルトは俺の大好物で、今でもお小遣いをもらったら必ず買っている。そしてそのいちごのタルトを一つ配膳されたものを食べたのだ。とても美味しく幸せだと思っていたその時、衝撃の事実が発覚する。
いちごのタルトが一つ余っていたという事実だ。その日は一人休みの人がいたため、一つ余ったということだった。もちろん俺はそれを食べたいと名乗りを上げる。このまま誰も手を挙げなければ良かった。俺がそのままいちごのタルトを食べられたのだから。しかし、そのいちごのタルトを他の人がほしくないなんて言うことはなかった。俺の他にも3人の友達が名乗りを上げたのである。デザートの余りを欲しい人が2人以上いた場合、じゃんけんをして、勝ち残った一人だけがそのデザートをもらえる。そんなルールがあったため当然俺達四人はじゃんけんをすることになった。あるものは手をひねり、あるものは他の友達に軽口を叩き、じゃんけんが始まった。
一回目のじゃんけんでは俺はパーを出した。他の人はそれぞれグー、グー、パーをだした。そのため俺は見事に勝ち残り、一対一の構図になった。その時俺の相手になったのはクラス一の真面目な奴だった。彼はまずこういった
「僕はグーを出す」
と…今ではじゃんけんに心理戦を持ち込むことはご法度とされているが、小学校時代はそんなことはなかった。しかし、俺は久しぶりにその言葉を聞き、とても驚いた。グーを出すといったということはどういうことなのか。本当か嘘か、思えばこのとき、俺が彼の言葉を信じていればよかったのだ。しかし、俺はそうすることはできなかった。裏を読んでしまったのである。そう言いながらチョキを出す寸法だと思い込んだ俺は、完全に読んでやったと思い
「じゃんけんポン」
の掛け声とともに、グーを出した。しかし、彼は宣言通り、グーを出したのであった。
「まさか、そんな…」
俺はその時どんな顔をしていたのだろう。きっと絶望していたと思う。俺は読みが外れたことによって完全に戦意を喪失し、いちごのタルトを彼に渡したのであった。
そしてそんな出来事を思い出していたのが、新たに開発された精神だけが過去に戻るというタイムマシーンの被験者に選ばれたときのことだった。倍率5000万倍の壁をこえ、日本で2人しか選ばれないその被験者に俺は選ばれた。その時にタイムマシーンを開発した博士から
「今まで生きてきた中でやり直したいと思ったことはあるか?その時代に戻してやろう」
と言われたのである。俺は迷わずその日に戻してくれと博士にいった。博士は何やら操作をすると、
「目をつぶり、リラックスしてくれ」
と言い、カウントを開始した。
「10,9,8…」
と減っていく中、不思議と高揚感が込み上がってきた。ついにいちごのタルトが食べれる。その考えしか頭になかった。そして、
「3,2,1,…0」
と博士が言った瞬間、一瞬意識がなくなり目を覚ますと、いちごのタルト事件があったあの日あの時に戻っていた。場面は俺がちょうど配膳されたいちごのタルトを食べ終わったところだった。俺の記憶通りに事は進み、いちごのタルトが一つ余っていたことが発覚。それを巡るじゃんけんが始まった。
「他の人は当然その時と同じ行動を取るはずだ。」
そう考えた俺は、記憶通り最初のじゃんけんではパーを出した。なんの苦労もなく勝利し、記憶と同じような一対一の構図に持ち込まれた。クラス一の真面目が相手だった。そして彼は記憶通り、
「僕はグーを出す」
と宣言した。当時は裏を読んだが、今は読む必要はない。彼はそのままグーを出す。そう確信して俺は
「じゃんけんポン」
の掛け声とともにパーを出した。その瞬間俺の勝利は確定し、いちごのタルトを食べることができるはずだった。相手が出したのは『チョキ』だったのだ。それを見た俺は一体何が起こったんだと混乱した。この記憶は今まで薄れたことはない、記憶違いなはずがないと思い、
「どういうことだよ!」
とその彼に掴みかかった。すると彼は驚いた顔を見せたあと、笑いだした。そしてこういった。
「やっぱそうだったか!はは、残念だったね、タイムマシーンでわざわざきたのに!」
と、その言葉に対し何も分からずに、唖然としていると、
「そうなるのも無理はないか。何を隠そう僕もタイムマシーンでこの時代に戻ってきたんだよ。」
と彼は言った。それを聞いた瞬間、もしかして被験者になった俺以外の一人はこいつかよ、と思った。そして
「なんでお前がこの時代に?お前は勝っただろ」
と疑問を口にした。すると彼は
「そうだね、僕はもう一度その快感を味わいにきたのさ。最近辛いことばかりだっからね。君の絶望した顔を見て、快感をもう一度得ようと思っていたのさ…だけど驚いたよ、君の行動が僕の記憶と違うことだらけでね、もしかしたらと思ったら本当にそうだったとは、とてもいい時をありがとうね」
と聞いてもいないことをスラスラと喋り立てた。俺はお前に快感を与えるためにこの時代に戻って来たわけじゃないと、怒りをぶつけようとしたが、そうはいかなかった。涙が出てきたからだ。そして口をついて出てきた言葉は
「クソっくそ…」
という声にならない言葉でしかなかった。倍率5000万倍の結末がこれかよという落胆、タイムマシーンのカウント時の興奮からの落胆。その二つの落胆が俺の心を支配していた。なにが信じていればだ、信じていてもいちごのタルトは食べられなかったじゃないか。自分を責めることしかできなくなった俺は彼が勝ち取ったいちごのタルトを眺める以外何もできなくなってしまった。




1/22/2024, 10:04:13 PM