彼を見た瞬間、私は心を奪われた。
彼の姿に私は膝から崩れ落ち、気づけば涙を流していた。
『怪盗ラグドール』。
先輩たちはそう呼んでいた。
彼を見た者は全て虜にしてしまうと言うので、そう呼ばれているらしい。
彼は一歩、また一歩と私に歩み寄ってくる。
事の発端は、クラブ紹介の集まりの事である。
一年生としてこの学校に入った私は、先輩方から熱烈な勧誘を受け、文芸部に入ることになった。
この学校は部活は絶対に入らないといけない。
あんまり部活に出たくない私は、手ごろな部活と思われる文芸部を選んだ。
なんせ本を読むか、やっても読書感想文を書くくらいだ。
まあ、文化祭は忙しいかもだけど、きっと楽なはず
その時私はそう思っていた。
そうして入った文芸部。
部員は二人、新入部員は私一人。
計三人の、ゆるゆる文科系部活。
勝った!
先輩に睨まれない程度に部活をさぼろう。
その決意を悟られぬよう、先輩たちの前で軽く自己紹介を行う。
そして『軽く本でも読むか』と意気込んで、部室にある本棚に視線を移した時の事である。
「まだ紹介していない部員がいるんだ」
そう部長は言った。
その言葉に私は目を瞬《しばたた》かせる。
「え?でも部員は三人ですよね」
すると部長と副部長は、にんまりと、まるで悪魔のような笑みを浮かべた。
「うん、三人さ。でも名誉部員がいるんだ」
「名誉部員?」
なんだそれ?
とため口で聞きそうになるのを堪える。
「付いてきたまえ」
そう言って先輩たちは部室から出ていく。
『名誉部員の所へ行くのだろうか?』『ていうか文芸部なのに、本読まんのかい』と思いつつ、先輩たちの後ろを付いて行く。
そして部室から出ていった先は、なんと校舎裏で合った。
『さぼろうとした魂胆がバレて制裁か!?』と本気でビビる。
そして先輩二人はニコニコと笑顔で私を見ていた。
その顔やめて、私の心はガラス製なのよ。
「では名誉部員を紹介しよう」
部長がそう言うと同時に、草陰から物音が聞こえた
そして出てきたのは――
「ニャア」
猫だった。
可愛いらしい猫。
その愛くるしい姿で、私の心を一瞬で掴んだ。
「フフフ、『怪盗ラグドール』私たちはそう呼んでる」
「ラグ……ドール?」
「そうこの子の品種ね。とてもおとなしいの。抱っこしてあげて、喜ぶから」
トテトテと歩いてきた『怪盗ラグドール』を腕に抱く。
嫌がる様子もなく、彼は大人しく抱かれた。
「その子、この裏にある家で飼われいるみたいなの。
散歩の時間みたいで、この時間はいつもいるのよ」
「そう、なんですか」
「フフフ、新入部員の仕事はね、この子の遊び相手をすること。毎日ね。
この子に逆らっちゃだめよ。だって名誉部員なのだから」
「分かりました」
私は抱いた彼を撫でながら宣言する。
「喜んで、彼の遊び相手を努めさせていただきます」
「うむ、よろしい」
部長は満足したように頷く。
部活をサボる?
誰だ、そんなこと言ったのは!
この子と遊ぶ以上に大事なことなんてない
と決意を新たにしていると、先輩二人が近づき、彼をなで始めた。
怪盗ラグドールは満足そうに目を細める。
その猫撫の手つきは熟練の技そのもの。
コヤツ出来る
「じゃ下校時間が来るまで遊ぼうか」
「はい!」
私の心は彼の物。
誠心誠意つくすことにしよう
そうして私達は、『怪盗ラグドール』の気が済むまでずっと遊んだのであった。
……あれ、結局部活どうするんだ?
ま、いっか。
3/28/2024, 10:20:33 AM