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「夜明け前」

VYTG72694ARと暮らしはじめた。こんなに幸せな日々が訪れるとは、正直思っていなかった。彼女は見た目が美しいだけじゃない。心まで美しい。僕の些細な変化に気づき、心から心配してくれる。

あまりに完璧だから、つい意地悪してみたくなる。どんな反応をするのだろうといたずらすると、拗ねる顔がかわいい。ああ、この時間が永遠に続けばいいのに。

永遠か。そうだな、永遠なんてあるわけない。ぽつりぽつりと彼女が過去のことを話すとき、思い知らされる。彼女はロボット、できないことがある。子を宿すことと老いること。子はなくてもかまわない。もともと考えてもいなかった。けれど老いは…

彼女が老人と歩く姿を思い出す。永遠に、まではいかなくとも、僕が死ぬまでそばにいたら、きっとあんなふうに二人で歩くだろう。僕だけが老いて彼女は若いまま。僕が死んだら、また彼女は悲しい目をするのだろう。

でも、そのとき僕は何もしてあげられない。幸せな日々を過ごせば過ごすほどに、自分が老い、死ぬ運命にあることを考えずにはいられない。

数年ごとに訪れるメンテナンス。生き物のように新陳代謝があるわけではないので、経年劣化した部分を新しいものに取り替える。彼女にとっては必要なことだ。しかし、メンテナンスから帰って若々しく、活き活きする彼女を前にすると、自分の変化を感じてしまう。

あの老人は苦しくなかったのか?自分だけ老いていくことを受け入れられたのか?

ともに暮らすようになって15年が過ぎ、幸せな毎日を送りながらも、年齢による体の変化は確実にある。髪に白いものが混じり、肌にはたるむ。体だけは鍛えていて、この年齢にしては引き締まった体だと自負している。

それでも、彼女がメンテナンスから帰ってきたときの衝撃に慣れることはない。その差は大きくなる一方なのだ。

私の苦しみがわかるのだろう。ぎゅっと抱きしめてくれる。美しい。その美しさが苦しい。

夜明け前、先に目を覚ました彼女が言う。

「苦しいなら私を手放してください」

僕の手をねじにあてる。

「『もう好きじゃない』」そう言ってくれれば、私は去ります」

嫌だ、反射的に手を離す。すると彼女はほっとしたように抱きついてくる。

メンテナンスの度にそんなことが繰り返される。僕の不安が彼女を苦しめている。あの老人は耐えたのだ。自分の苦しみを彼女には悟らせなかったのか?そんなこと、僕にはできない。

夜明け前、腕の中で眠る彼女のねじに触れる。ごめんよ、面と向かっては言えない。卑怯な僕を許さないで。ずっと憎んでいて。

「もう好きじゃない」

ぱちっとVYTG72694ARが目を開ける。さっとベッドからおりて服に着替え、無言で出ていく。出会ったときは何度も言葉を投げかけたのに、最後は一言だけなのか?

いや、言葉を並べたらきっと手放せなくなる。だから一言だけなのだ。

僕を許さないで。僕を憎んで。そうすればずっと忘れないだろう?君の記憶の中で僕は生き続けられる。

夜が明ける。徐々に明るくなる部屋に君はもういない。

9/13/2024, 12:28:41 PM