「これで、いいの?」
「うん!」
仏壇の前に座っている、母親の美月と彼女の娘の明星(あかり)。仏壇に写真を置いた母親の問いに、明星は笑顔で大きく頷いた。
写真に写っているのは、仲良く寄り添い合っている明星本人と白い大型犬。ただ……。死んだのは、白い大型犬のほうである。
前の飼い主が、犬アレルギーの女を嫁に貰う。家では飼えなくなり、共通の知人を介して美月にその話が届いた。まだ明星が生まれる前で、明星が生まれたときは犬にも特上の肉が振る舞われた。
両親は前の飼い主が付けた名前で呼んでいたが、いつ頃からか明星が『ユキ』と呼んでいた。
明星は、何を刷るにもユキと一緒であった。オヤツの半分こ。絵本を読んで聞かせたり、ユキの背中を枕にウトウトしたり。
別れは、突然にやってきた。散歩の途中……。二匹の野良犬から明星を護るため、懸命に闘ったのである。
野良犬は撃退したが……。噛まれたところが悪かったのか、白い身体を鮮血に染め、ユキは崩れ落ちるようにアスファルトに倒れた。
傷口を舐めようというのか……。懸命に、頭を動かずユキ。しかし……。四肢は動かず、舌は届かない。
ユキを中心に拡がる血の海と、その脇で座り込んで泣きじゃくるだけの明星。誰かが知らせたのか、美月が駆け付けてきた。
掛かり付けの獣医に運び込んだが、傷を診ただけで獣医師は首を横に振った。もう、助からない。そう言われた。
両親は、安楽死を申し出た。当然に、明星は反対する。
「イヤだぁ! ユキを、殺さないでぇ!」
そんな娘に、美月は言い聞かせるように話す。
「明星。ユキは、今、凄く苦しんでいるのよ。痛くて、明星の呼び掛けに返事も出来ないの。明星は、そんなユキを、ずっと見ていたいの?」
躊躇いなのか……。少し間があったが、明星は首を横に振った。
「ユキを、苦しみから助けてあげましょ」
無言で、コクッと頷いた明星。しかし……。獣医師が生理用食塩水を用意すると、泣きながら外へとび出していった。
ユキが楽になり、美月が呼びにいくと、明星は泣き止んでいたが、目は涙で真っ赤になっていた。
獣医師が懇意にしているペット葬儀の業者で、ユキを火葬して貰った。
いつも一緒に居られるように、ユキの写真を仏壇に飾るのだが。明星は、自分とのツーショットの写真を選んだ。
「この写真でいいの?」
美月の問いに、明星は笑顔で返す。
「これなら、いつも隣に居るから。ユキも、寂しくないもん」
3/13/2023, 1:12:57 PM