【正直】
楽しそうに弾んだ声で、電話の向こうの君は今週あった出来事を話している。ニコニコと笑う君の姿が目の前に浮かぶようだった。
週に一度の電話。高校進学と同時に地元を離れ、寮生活をしている俺が寂しくないようにと、お節介な君は地元のことを丁寧に教えてくれる。両親は今週も忙しそうにしていたこと、近所の公園に居着いていた猫に子供が産まれたこと、中学校の近くにあった和菓子屋が廃業したこと。
君の涼やかな声は心地良くて、まるでヒーリング音楽みたいだ。その音色だけで、俺の心は柔らかく解けていく。
「――ねえ、ちゃんと聞いてるの?」
不意に、君の声が少しだけざらついた尖りを帯びた。君の語る内容よりも君の声そのものに心を奪われていたことは、すっかりお見通しだったらしい。顔を見ているわけでもないのに、相変わらずの鋭さだ。
「聞いてる。いつもありがと」
本当は俺は、地元のことなんてどうだって良いんだ。別にあの街が好きだったわけでも、両親と上手くやれていたわけでもない。だけど。
思い出すのは君と初めて出会った日のこと。本当の両親を失い、伯父夫婦の家に養子として引き取られた日、にっこりと笑って差し出された君の手の雪のような白さ。
「これからよろしくね」
戸惑う僕の手を、君は少し強引に掴んで力強く引いた。その温もりが優しくて、嬉しくて。気遣うように俺に話しかけてくれる戸籍上の『家族』の声に、恋をした。
――君の声を、ずっと聞いていたいんだ。そんな正直な気持ちを伝えたら、君を困らせてしまうだけだから。その衝動に蓋をして、俺は今日もホームシックな『弟』ぶって君の優しさにつけ込むのだ。
6/2/2023, 10:43:23 PM