かたいなか

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今年も風鈴の音の季節がやってきた。
私、永遠の後輩こと高葉井の部屋にも、お隣さんやご近所さんからクレームが来ないように、
エアコンの風で、風鈴が鳴ってる。

ちりんちりん、チリンチリン。
上下左右送風にしてあるエアコンの風は規則的に、風鈴に一定時間だけ風を当ててくれる。
今の時期は、この風鈴の音が起床のアラーム。
金魚と花火が描かれてる水色の風鈴は、一昨年、先輩から貰った……
というか、先輩と事実上、風鈴交換をした物で、
私としても、けっこう気に入ってる物だ。

その先輩とは最近ちょっと疎遠だ。
職場は一緒だし、別にお互い、嫌ってるってワケじゃないし、一緒にお昼も時々食べる。
だけど、先輩はどこか上の空で、
それは、先輩自身の……何というか、自然を大事にする心のせいだった。

最近先輩の故郷の雪国な田舎町の、ひとつの山を外国資本が購入予定って情報を先輩が受け取った。
その山は、東京や関東ではもう絶滅しちゃったような花がたくさん咲いてたり、
東京ではタイワンリスしか見かけないけど、在来種のニホンリスがいっぱい生息してたり、
ザ・日本の原風景が、静かに残ってる山らしい。

先輩は花が、特に「その地域」に昔から息づいてる「そのまま」の命が好きだった。

チリンチリン、ちりんちりん。
先輩がくれた風鈴の音は、貰ったばかりの一昨年も、先輩が絶滅危惧種の花で心痛めてる今年も、
何も、ちっとも、変わらない。
ただ先輩だけが、
どこか遠くに、私の知らない場所に、
それこそ、夏が終わって箱の中に戻されて、そのままどこかに消えちゃった風鈴みたいに、どこかに。
行っちゃったような、カンジがする。

先輩、せんぱい。世間はまだ夏だよ。
戻ってきてよ先輩。いつもの先輩に戻ってよ。
じゃないと私、先輩の部屋に安心して晩ごはんたかりに行けないよ(食欲)

「フーリン?」
「うん。風鈴」

先輩が職場で上の空になっちゃったのと同時期に、
私は「去年日本に来た」っていう女性と知り合って、今はそこそこ、少しだけ仲良くなった。
なんでも異世界から来たらしい。
ホントかどうかは気にしない。
東京の伝統工芸というか、日本の文化というか、
そういうのを、気に入って、尊敬してるって。

今日はその異世界さんと一緒に、部屋でそうめんを作ったり、食べたりなどした。

「いろんな色と材質と、形のがあるよ」
「黄色のフーリンも、ありますか」
「食べたら見に行こうよ。100均に売ってるし」

「ヒャッキン……偉大です」
「予算いくら?」
「5000円とかですか?」
「それ多分100均じゃなくて普通に夏のテーマショップとかガラス専門店とかの値段かなぁ」

ちりん、ちりん。
エアコンの風に当たって、一昨年や去年と同じ風鈴の音が、部屋で揺れてる。
「藤森さんは」
「先輩誘う?どうだろうなぁ……」
チリン、チリン。
風鈴の音は一緒だけど、今年の夏は、以前とちょっと違う気がして、なんとうか、なんというか。

ともかく、何かが起こりそうな気は、してた(丸投)

7/13/2025, 3:51:52 AM