「みんなが笑ってる お日様も笑ってる るーるるるるー 今日もいい天気ー」
「なんで『サザエさん』?」
「いやなんか、今にも雨が降り出しそうな空模様だからさー」
窓辺から曇り空を見上げるあたしの隣に、マグカップを持った彼がやってくる。同じ角度で空を見上げて、ああと目を細めた。
「あなたが教えてくれたんだよね、擬人法。去年の授業で。サザエさんの主題歌を歌ってさ、音痴だったなー」
「失礼だなー。まぁ否定しないけど」
「……授業そっちのけであなたばかり見てたな。声がね、好きだったのね、最初。顔は後から。よく見ると、カッコいいかもって」
彼は苦笑する。音痴だけどねと自嘲し、
「よく覚えてるよ。なんでこの子、俺をガン見するんだろって。睨んでるようにも見えたし」
と微笑む。
「睨んでないよ、見惚れてたの」
好きだったなぁと言うと、
「過去形で言わないで。現在形だろ?」
と突っ込まれた。
マグの中身を溢さないようにかがみ込み、彼はあたしにキスをした。
「……そうだね、好き」
「よくできました」
「そろそろ授業行くね、古文始まっちゃう」
あたしは椅子から立ち上がる。さっき昼休み終了のチャイムが鳴ったばかり。
「前園先生、開始早いからな。行っといで」
「ん。ねぇ先生、今日アパートで待っててもいい?」
戸口で聞くと、彼はちょっと考え、いいよと頷く。
「プリント作って帰るから、少し遅くなるかもだけど」
「わかった。ーー空が泣き出しそうだから、本降りになる前に帰ってきてね」
そう言うと、それはそれは甘く、うん、と笑った。
まるで彼の方が年下の生徒みたいに。あたしはじゃと手を振って国語科教官室を出た。
#空が泣く
9/16/2024, 12:30:42 PM