そんじゅ

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「思い出とか脳裏に浮かんだり、する?」

ふと気になって、うちのヒロさんに聞いてみた。

「脳裏ですか。漢字では脳裡とも書き、頭の中または心の中という意味ですね」

間を置かず、彼は語義から真面目に確認してくる。
「ヒ」ューマノイド「ロ」ボットだから、ヒロさん。
父の命名は安直だったけど悪くない名前だ。

「残念ながら私の頭部には動物でいう脳に該当する装置がありません。ゆえに脳裏も存在せず、存在しない部位において映像や音声等の情報展開は不可能です」

予想外の答えにヒロさんをまじまじと見る。
いやどこをとっても見た目は人間だよね。

「え、脳…ないの?」

「はい。今お嬢さんは私の顔を注視していますが、この頭の内部のほとんどは、眼球と耳殻の視聴覚機器そして人工声帯の制御装置で占められています」

「ああ…なるほど。そしたらひょっとして記憶装置は胴体に置かれているとか?」

「ご明察です。胸郭内部に記憶装置があり、その中心部で知覚統合処理がおこなわれています」

ヒロさんは微笑みの形に口角を上げた。
ゆっくりと自分の胸に手をおいて、お嬢さんの思う答えとは違いますがと前置きする。

「私が思考するとき、ヒトの心臓があるべき位置で記憶や感情が行き来します。お父上はそのように私を設計されました」

彼はもう一度、今度はにっこり大きく微笑んだ。

「つまり私の心の在り処はここなのです」

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「脳裏」


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所感:
脳裏ってどこだろうね?という疑問から、脳裏のない存在について考えていたら初めてネームレスじゃないキャラクター「ヒロさん」が爆誕してしまいました。

11/10/2022, 2:12:53 PM