とうとう火曜日から最高30℃予想の東京である。
今回のお題回収役は藤森といい、花咲き風吹く雪国の出身であったので、
東京が本格的な初夏もとい「暑夏」を迎える前に、
水出し日本茶のティーバッグをストックしようと、
休日を利用して、馴染みの茶葉屋へ来店。
藤森は某私立図書館の職員であった。
すなわち、月曜は休館日。休日であった。
「こんにちは」
くもり空の影響か、その日は先日に比べて涼しく、
藤森としては、そこそこ過ごしやすい気温帯。
「水出し用の茶葉は、もう……」
しかしこれが、24時間後には30℃を超えるのである。完全に真夏日である。
氷をたっぷり入れた水出し茶の1杯でもなければ、
でろるん、藤森は溶けてしまうのだ。
「……飲食スペース? バーカウンター?」
まって、待って。
藤森の視線が、少しの好奇心でもって固定された。
「あら。こんにちは」
黒髪の美しい女店主は、相変わらず穏やかな笑顔。
藤森が興味津々に、テイクアウトブースを取っ払って作られたスペースを見ているところで、抱えていた看板子狐を床に降ろし試飲の準備。
「今までテイクアウトだけであったものを、ティースタンドも兼用にしましたの」
それは、先週までは存在しなかった、立ち飲み形式の飲食スペースであった。
元々この茶葉屋には、常連専用の個室が複数個、飲食スペースとして用意されていたものの、
テイクアウトを別として、非常連客に向けた飲食サービスは、これが初めて。
「盛況ですよ」
女店主はにっこり笑った。
「突然寒くなったり、暑くなったり。
そういうときに1杯でも、2杯でも」
さぁ今年の水出し緑茶と水出しほうじ茶をどうぞ。
女店主は小さなコップに、キンと冷やされた翡翠色と、べっこう色とを注ぐ。
詰まっておるのは、前者は緑茶的な甘さ、後者はほうじ茶的なすっきり感。
「今年は、去年の柚子風味緑茶とレモン風味ほうじ茶が、更に改良されたそうですよ」
何袋お買い求めなさる?コンコン、5袋?
店主は特にそんなことを、言うでもなく、強制するでもなく、ただ藤森の紙コップが空になる様子だけを見つめていたものの、瞳は正直。
「緑茶2袋と、ほうじ茶3袋で」
店主の静かな視線などいつものことなので、藤森は気にしない。ただ好ましかった方を多めに、必要と思った分だけを、少しずつ手に取った。
くぅー、くっくぅ。くわぁ。こやん。
床に降ろされた看板子狐と目が合って、尻尾を振る子狐が「もっと買って」とアイコンタクト。
強まっていく瞳の輝きは、藤森が子狐を見つめ返しつつ、もう1袋、水出し緑茶に手を伸ばしたから。
くわー、くわぁ。 まいど、まいど。
追加お買い上げ、ありがとございます。コンコン。
「1袋だけだぞ」
こやん。もっと買って、おとくいさん、もっと。
「3と3。今日はこれだけだ」
こやん。あと2コずつで、コンコン、キツネだよ。
「店主さん。これで、会計をお願いします」
ぎゃぎゃっ!まって!もっと!かって!もっと!
「来週には、水出しハーブティーも増えます」
ぎゃぎゃん!買って買ってぇ! 藤森のリネンのサマーコートに、がぶちょ、噛みついて離さない子狐を、一旦置いといて会計に入る。
「梅雨の低気圧にともなう不調にオススメな水出しも出ますので、ぜひ、ご友人にも」
情報提供、お願いしますね。
穏やかに笑う店主がレシートを藤森に、
渡して、子狐を抱いて、ポンポン、ぽんぽん。
コートを放すよう、おしりを叩く。
「ほら。お得意様を、放しておやりなさい」
うーうー!やだ!お買い物おわったら、おとくいさん、キツネとあそべ!あそべっ!
「良い子だから」
うぅぅ!やだ!おとくいさん、もっと、ショーバイハンジョ!もっと、おさいせん!
ふーん。そう来るか。
店主と藤森は視線を交わして、軽く会釈しあって、
藤森が近くの茶っ葉缶に手を伸ばしたのを
子狐が瞳キラキラ輝かせて、口を開き、
サマーコートから牙が離れたのを見計らって
店主が サッ! と子狐を、藤森から引き剥がす。
「では。また来ます」
藤森が茶葉屋から出ていくのを、看板子狐は寂しそうに、くぁー!くぁー!ここココンコンコン!!
待って待ってと大音量で、鳴いておったとさ。
5/19/2025, 5:41:54 AM