『Kiss』
彼の真っ白なワイシャツの襟首を掴んで引き寄せ、顔を埋める。
つま先立ちをしながら、やっと届いた彼の鎖骨に口付けをして…
…やっとできた。キスマーク。
「キスマーク付けたいのか?…出来てないなぁ」
首苦しい…と、モゾモゾしながら体を元に伸ばした彼は、はだけた襟周りを見下ろしながら言った。
「えぇ〜!?そんなぁ〜!」
せっかくキレイにグロス塗ったのに…。ちょっぴり大げさにリアクションする。
「グロス?だから、あんまり色濃く付いてないしなぁ…あー、ベタベタしてる」
唇の形には付いたはず!と、またしっかり確認しようとしてたのに。肌着の上からスタンプするように付けていたはずのそれを、彼は困惑しつつもう親指で拭いとってしまった。
もう!と頬を膨らませて、ちょっと不満ですよ、とアピールする。
「そもそも、あれじゃキスマークというよりリップマークだな」
ケラケラと彼が笑いながら、あの温かい大きな手で頭を撫でてくる。
子供扱いしてくれちゃって…
「も〜!じゃあ、ちゃんと吸ってキスマーク付けるから!」
「できないだろ」
「じゃあ付けて!!」
「しない」
そう問答しながら、彼は姿見を見ながらいつものようにネクタイを締め、スーツのボタンを閉じた。
ああもう、出掛けてしまう時間だ…
不満げな私に、姿見から振り返った彼が近付いて、あやすように頭をポン、ポンと撫でる。
「じゃあな。行ってきます」
玄関へ歩いていく彼の背に向かって、いつもの言葉をかける。
「…行ってらっしゃい」
ドアがガシャン、と閉まる重い音が聞こえる。
…行ってしまった。『キスマーク』、付けたかったのになぁ…。
毎朝、彼は私とは違う世界へ行って、夜になるまで帰って来られないのなら。
彼は私の物だって、私は彼の物だって――本当は、会えない間もずっと周りに知らしめていたい。
彼は、私にキスマークを付けるような事はしない。それなら、彼に付けていたいのに。誰からも見えるように、しっかりと。
今度は、拭っても落ちないリップを探して、やってみようかな。
2/4/2023, 4:38:26 PM