薄墨

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火花が散って、はじめて目があった。
お互いに、その一瞬で立ちすくんだ。

草むらの中から顔を出した、少し下の方にある、丸い見上げるその眼が、「はじめまして」と告げているような気がした。

だから私は手を差し伸べたのだ。
はじめまして、そう返すために。

今まで数々の生き物を拾ってきたけれど、ニンゲンを拾ったのは初めてだった。
かつてこの星を統べていたというこの生物は、私たちよりも少し小さく、私たちよりずっと賢く、かわいらしい。

ニンゲンは、同種同士でとても仲がよい。
どんな仲間とも“会話”というものを試みようとするし、生殖活動を行うのにさえ、もう一人のニンゲンを必要とする。

ニンゲンは、賢い。
同種の個体差のみならず、他の生物や私たちの個体差も見分け、覚え、記憶に基づいて反応する。
そして、私たちとさえコンタクトをとろうとする。

ニンゲンは、かわいい。
話したり、構ったりすれば、大抵のニンゲンはこっちをじっと見つめてくれる。
私たちより少し小さいくらいだが、電子操作などを生身で使うことはできず、体と脳を目一杯動かして、道具などで一生懸命に生きる。

そしてなによりニンゲンは、生命活動で環境を汚染したりしない。
ニンゲンは、植物に必要な二酸化炭素を吐くし、排出するのも食べるものも全て有機物で、汚染物質ではない。

だから、ニンゲンは、私たちの種族の中では、一定の人気がある。
かわいらしく、賢く、一途で環境にも優しいニンゲンは、今や私たちのパートナーだった。

しかし、私たちの種族の中には、ニンゲンに酷いことをするものもいる。
そういう時、ニンゲンはその不自由な体を必死に使って逃げ出したりする。
また、はぐれてしまうニンゲンもいる。

そういうニンゲンは野良となって、文明という群れを作って、ニンゲンだけで生き抜いているという。
なんとも健気でかわいらしくて、悲しい話だ。

私があったこのニンゲンも、野良のようだった。
文明に所属しているようにも、飼い主がいるようにも見えなかった。

私と目を合わせたニンゲンは、とても痩せていたし、道具を持っていない手ぶらだった。
そして、そのニンゲンは、警戒しながらも私に挨拶をした。
愛くるしい目で。声で。
はじめまして、と。

だから、私はこのニンゲンを保護することに決めた。

しかし、ニンゲンはナイーブだ。
野良ニンゲンや捨てニンゲンを保護するにはまず、ニンゲンに慣れてもらい、友達になる必要がある。
この作業を、「友情を育む」というらしい。

だから、私はまず、挨拶を返すことにしたのだ。
「はじめまして」

ニンゲンが笑った。

4/1/2025, 2:36:07 PM