れいおう

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『逆光に照らされて』

十一月の初め頃に修学旅行が行われる。高校生活の中でも一番大きなイベント。期間は五日間。旅行場所は自然が綺麗な外れの離島。五日もすることがあるのかと思ったが、その離島に属する3つの島を順番に回るらしい。全て移動はフェリーやジェットホイルで行う。都会の喧騒から離れた遠い地で新たな感性を養ってほしいということだそうだ。そして歴代の先輩たちは口を揃えて皆こう言う、
「写真を撮れるか撮れないか。それが問題だ」
と。壮大な景色を写真に綺麗に収めることが何より重要であるというその言葉を受け、俺はスマホの容量を少なくし、モバイルバッテリーを購入し、万全の準備を整えた。しっかりとしたカメラを購入するのお金がないので無理だった。だがしかし、スマホを侮ってはいけない、スマホでだって使い方によっては綺麗な写真を撮ることができるのだ。俺は今まで何回もスマホで写真を写してきた。その俺に死角などない。
修学旅行当日の朝、港には自分の学校の生徒たちが集まっていた。もとから写真が趣味の人やお小遣いが多い人たち、親などがカメラを使っている人たちはとてもしっかりとしたカメラを持ってきていたが、その数はとても少なかった。また、先生方はなにか高級そうなカメラを持ってきていた。そのままジェットホイルへと乗り込み、三十分近くかけてその島へと向かった。
ジェットホイルの中で俺はしおりを開き、予定の確認をした。自然が撮れるチャンスは三日ある。三日目と四日目と五日目だ。初日はその島唯一の高校にいる高校生たちとの交流会なので当然自然とは関わらない。二日目はその島の農業や漁業の体験、ディスカッションなどが行われるので、自然と関わることになるが綺麗な景色とは巡り会えない。なので三~五日目がチャンスなのである。俺はその間は片手にスマホをもちながら移動しようと考えた。
初日、二日目は貴重な体験ができたことと、いい思い出ができたことなどで心の充足感はあったものの、記念撮影以外は特に写真が撮れることはなく、物理的充足感は無いまま過ぎ去った。そして二日目の夜寝る前、四人部屋で好きな人暴露大会をしている中、俺は決意を新たにした。
「絶対に綺麗な写真を撮ってやる」
と。
三日目は今いる島でのバスツアー。神社や資料館も訪れのるだが、重要なのは海を一望できる高台にいくという予定だ。神社でのお参りや資料館で重要文化財を見るなど多様な内容を経て、ついに高台に到着した。その高台からの景色は圧巻だった。太陽といい具合にマッチする海の景色は今まで見てきた海とは全く違う美しさを表現していた。俺はその美しさに感動し、思わず写真を一枚撮った。そして上手く撮れたか確認しようとアプリを開き写真を見ると、海の一部分が黒く写っていた。なんだこれと思ったが考えていくとある一つの考えに行き当たった。「逆光」か。そう、逆光のせいで風景が黒く写ってしまったのである。やってしまったと感じた時間がないのでどうすることもできずに、まあそういう日もあるかと諦めをつけ、まあ一日くらいだろと楽観的に見ていたがそうはいかなかった。
四日目はフェリーでもう一つの島へと移動した。その島では自由探索ということで友達と一緒に色々なところを回って行った。その日は色々な風景を撮れた。そびえ立つ神社、綺麗な海岸線、樹齢の長い大木など、写真も何枚か撮れたが、俺を昨日のような感動に陥れるにはまだ足りない。その日の一番のシャッターチャンスは山の上にある神社にお参りに行こうぜという誘いを受け、山を登っているときだった。山の中腹からみた街の様子。それはいつも過ごしている場所とは違う、高いビルもなく、工場もない緑に囲まれた簡素な住宅街。しかしそれはどことなく懐かしさを感じさせた。初めての経験だ。街の風景でこんな思いを感じるなんて。俺はこの経験をまた思い出したいと、写真を一枚撮った。きっといい写真のはずだと思い確認した。しかし、その写真はいい写真にはならなかった。そう、また「逆光」が邪魔をしてきたのだ。なんで今までは撮れてたのに急にこうなるのか分からない。まるで綺麗な写真は撮るなと神様に言われているように思われた。
その日は寝るまで逆光を恨んでいた。
五日目の最終日はもう一つの島に行って地元の人の説明とともにする街歩きということだった。もう最終日になってしまった。楽しい思い出は毎日のようにあり、とても充実していたが、綺麗な景色を撮れていないというその一点だけが心に引っかかっていた。今日はしっかり撮ってやると朝のうちに決心を強め、泊まっている場所の近くにある神社でお参りをした。
「いい写真が撮れますように」
街歩きでは当然のことながらほとんど歩きっぱなしだったのでスマホを構える余裕はなく、また、興味深い話が多かったので、途中まで写真のことは忘れていた。街歩きの一番最後、その島の港の前で全員で写真を撮ろうということになり、集合写真が撮られることになった。俺は一番真ん中列の右らへんで中腰で元気よくピースをして待っていた。写真を撮るのは学年主任の先生。はいチーズという掛け声とともにシャッターが押された。合計三回シャッターが押されたようだ。五日間過ごした後での写真これはきっといい写真になるだろう。早く出来がみたいそう思っていると、先生が撮った写真を確認したあと申し訳無さそうに
「逆光なのでもう一回場所変えて撮ります」
と言った。他の生徒からは笑い声が起こったが、俺は素直に笑えなかった。なぜならまた「逆光」が顔を出してきたからだ。もういい加減にいてくれよと、場所を変えて撮っている間にそう思っていた。
帰りのフェリーで俺は甲板に立ちながらこの修学旅行を振り返る。日々の喧騒から離れたこの五日間はとても有意義で楽しい時間だったように思える。ただ一つだけ心残りがあるとすればそれは逆光のせいで感動したと思った綺麗な景色を上手くうつせなかったことだろう。俺は逆光をひどく恨んだ。ただそれと同時にこうも思った、
「綺麗な景色は写真で残らずとも心の中には強く刻まれているはずだ」
と。たとえ記憶の中だけであっても見たということに変わりはない。記憶の中だけだからこそ綺麗に思えるかもしれない。そう思うと幾分か気分も良くなってきた。だが、俺の悲しみは少なからず存在している。写真でここまで落ち込むのはあまりないのかもしれない、けれどどうしても思い出を綺麗に形として残したかったのだ。バキッと心が折れる音がした。俺は片手に持ち続けていたスマホをカバンにしまう。そして俺はもう写真は撮らないようにしようと、そう決意した。
夕日が落ちてきている。風に煽られながら周りに広がる海を眺める。その綺麗な景色さえ今は撮る気が起きない。すると広い広い海の中一つだけポツンとそびえる島が見えた。縦に細長いその島はまるで燭台のような形をしている。火がつかない燭台、それはまるで俺が写真を取ることに対する熱意を失ったことを暗示しているように見えてしまう。そこに丁度夕日が落ちてくる。フェリーの遅い速度に合わせてだんだんと夕日と燭台が交わっていく。燭台に火が灯った。もう一度だけ。そう思った俺はスマホを取り出し構えた。カシャッと音が響く。一枚だけ写真を撮った。それは案の定逆光で島の部分は黒く写っていた。しかしそれはなにも見えない黒さではない。夕日を映えて見えさせるそんな芸術的な黒さだった。ある一つの燭台に灯る火。その火は、大きくとても輝いて見えた。「逆光」によってその作品は完成したのだ。
「逆光っていいところもあるんだな」
そう思った俺の心にも大きな火が灯っていた。

1/24/2024, 7:23:31 PM