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窓を開けると、寒冷地の澄んだ冷気が酒気で火照った体を撫でながら部屋に満ちて行く。
ほう、と息を吐けばほんのわずかな間ではあったが息が凍った。
そよそよと窓から吹き込む冷たい風が一際強く吹いたかと思うと、一緒になって牡丹雪が侵入して来た。

「ホワイトクリスマスかあ」

独り言に返してくれる者はなし。ひとりぼっちで美味い飯を食いながらクリスマス特番や配信を観る。それが自分のクリスマスの過ごし方だった。
愛する恋人や家族と過ごせず、ひとりぼっちでクリスマスという特別な日を終える人間を世の中がどういった目で見るかくらいは知っている。

だが美味い飯を食い、美味い酒を飲み、愉快な映像を観て…そして今頃クリスマスという特別な日を愛する人達と過ごし幸せを享受する、顔も知らない誰か達がいるのだと思うと楽しくて仕方がないのだ自分は。

今日は世に幸せが満ちる日、クリスマス。知らない誰かの幸せと笑顔で飯も酒も美味い。

「ぎゃあっ、なんだお前はっ」

窓の外で突然悲鳴が上がる。聞き覚えのある声に記憶の引き出しを掻き回している間にも、どう聞いても暴力によって引き起こされた悲鳴や抵抗の声が聞こえ続ける。
その聞くだけで不快さを覚える汚い悲鳴で思い出した。

「金田家のじいさんか」

成金糞爺と名高い、持っているのは金だけで顔も性格も日頃の行いも全てが悪いと、この地域に住む人間が満場一致で陰口をたたくあのじいさんだ。
体がすっかり冷え、部屋の床が吹き込む牡丹雪で濡れるのも構わずその悲鳴に耳を傾ける。

そういえばあのじいさん、ついこの間酒気帯び運転をしてサッカー少年にぶつかって二度とサッカーなんて出来ない体にしたらしい。あのクソじじいが謝罪などするはずもなく、金を積んで積んでは威圧的に物を申して実質的に泣き寝入りさせたとも聞いた。

一際大きな悲鳴の後、あしが、あしが、と泣きわめくじいさんの悲痛な声が聞こえて来たものだから慌てて部屋のテーブルへと戻りシャンパンとフライドチキンを掴む。急いで窓まで戻ればまだまだじいさんの新鮮で旨みしかない悲鳴は聞こえていた。

「酒と肉がうめえなあ!」

悪人の不幸と悲鳴は普通に美味いのである。
興奮でらんらんと輝く自分の瞳と、フライドチキンの油でてらてらと光る唇は満面の笑みの中にあった。
メリークリスマス!

12/25/2024, 3:46:23 PM