せつか

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夢にまで見た理想郷の筈だった。
過つ事の無い為政者。差別の無い社会。
善行しか出来ない人々。
誰も傷付かない。誰も傷付けられない。
こんな世界があったらと、誰もが一度は夢想した世界の筈だった。

男が笑う。
世界の全てを壊した男が。
夢にまで見た理想郷を、それを夢見た私をあざ笑い、全てを焼き尽くした男が。

男が振るう刃を受けて、私は天を仰いで倒れ込む。
噴き出す血が雨のように男にも降り注ぐ。
「――」
男は·····泣いていた。いや、私の血を浴びて泣いているように見えただけかもしれない。
その顔は私に·····いつか見た女の涙を思い出させる。

――あぁ、そうか。
理想郷とは現実には存在しないから理想郷なのだ。
誰も傷付かない世界などある筈が無く、あるとしたらそれは〝傷付いた誰かを見ないだけの世界〟なのだ。
男はそれに気付いたからこそ、この世界を否定したのかもしれない。

命を終える私には、もうどうでもいい事だった。


END


「理想郷」

10/31/2024, 3:37:43 PM