nanagraph

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「落ちていく」

寝かしつけは、ある意味、娘との騙し合いだ。

だいたい同じ時間にお風呂に入れ、ミルクを飲ませ、背中を叩いてゲップをさせる。もう娘の満足度は100%だ。

「やるか。」
私は抱っこして立ち上がる。うちの娘は、添い寝程度で、寝たりはしない。必ず立って抱っこしなければ、グズりだすのだ。初めての娘で、親の経験値は0だったが、毎日の寝かしつけで、私もいろんなことを学んでいく。揺れていないとダメなので、抱っこしながら狭い部屋をウロウロする。もちろん背中トントンも忘れない。娘は割とアップテンポがお気に入りだ。

しばらくすると、娘はうとうとし始める。部屋の電気を、オレンジの豆球だけにして、勝負の時に備える。大丈夫だ。きっと上手くいく。早く寝てくれ感を悟られないように、おもちゃのチャチャチャを、ハミングで小声で歌う。娘はかわいい目を、もう閉じている。寝たか。しかし少し下すと、また目を開ける。危ない危ない。罠だったか。やるな、娘よ。

またしばらく抱っこしたまま、ウロウロする。腕もちょっとダルくなってきた。もうそろそろいいだろう。私は娘用の小さい布団の横に立ち、少しだけ娘を下ろしてみる。いけそうだ。最新の注意を払って、ゆっくりと娘を布団に下ろしていく。焦るな、私。背中が着くまで、あと3cm。2cm。1cm。ランディング!っと思ったその瞬間、娘のグズり声が、部屋中に響く。失敗だ。また騙された。娘は、完全に寝てはいなかったのだ!

私は、娘を再び抱っこして立ち上がる。立ち上がると、娘は泣き止む。実は娘の背中にスイッチが付いていて、布団に下ろすとスイッチが入るのでは?と本気で思いたくなる。これを我が家では、「背中スイッチ」と呼んでいるのだが、本当に厄介な装置だ。皆さんにも、今までの時間はなんだったんだと、怒り心頭になったことは、ないだろうか。私にはある。毎回ある。一度だけ本気で腹を立て、クッションをソファーに叩きつけたことがあるくらいだ。

こんな格闘が、あと2〜3回続く毎日だった。当時娘は、本当に寝なかったのだ。成功したあとは、私も寝かしつけで力尽きてしまい、眠りの世界に落ちていくことが、日課みたいなものだった。ただひたすら、寝不足だったような気がする。

そんな娘も、今では遅刻ギリギリまで寝る子に育ってくれた。本当に、親に苦労、子知らずである。

11/24/2022, 7:32:13 AM