線状降涙帯(せんじょうこうるいたい)
ぽたり、と落ちた雫が手元の紙に吸い込まれた。判読できないほど滲んだ文字に邪魔だな、と微かな苛立ちを覚える。いがいがとした気持ちのまま文字を書き連ねてもそれがどこかに溶けることはなかった。
ぱたぱた、とまた雫が落ちた。手元のブルーブラックが大きな海に姿を変えていく。広がった先に小さな赤を覗かせて、意味を持つ言葉を飲み込んでいく。
「あぁもう!邪魔だなぁ!」
ぐしゃり、と青い海を握りつぶした。感情のままに紙を殴りつけて、破れるのも気にせずぐしゃぐしゃにしわを寄せる。
「邪魔だなぁ、邪魔だなぁ、あぁもう!!じゃまだなぁ!!」
ぼたぼたと降る雫が止められない。状態の言語化が上手くできない。絡まった心の糸が解けない。何か悲しいことがあった訳じゃない。致命的な悩みがある訳でもない。取り立てて怒るようなことだってない。それなのに、雫が、気持ちが止められない。止める術を知らない。
「もういやだ……」
机に突っ伏した時、丸めた紙が指先に触れた。
もう一度身を起こす。
すぅ、と昂っていた気持ちが消えた。
「……何やってるんだろ」
ふは、と乾いた笑い声が口から飛び出した。
「馬鹿らし」
震える言葉と共にぽたぽた、と雫が落ちる。涙はそれで最後だった。
悲しいことや辛いことがあった訳でもない。震えるほどの怒りも燃え上がるような感動も激情もない。ただ唐突に零れ溢れたそれは、さながら通り雨のようだった。
──雨のあがった紙の上、晴れ間はまだ、見えない。
9/27/2025, 12:00:51 PM