目が覚めると。
真っ白い天井だった。思わず色覚異常になったかと思うほどに、染み1つ見当たらない白。どうやら僕は仰向けになっているらしい。
視覚の次に反応したのは嗅覚だった。薬品の匂い。消毒液のそれみたいな、あんまり好んで嗅ぎたくない匂い。
その次は聴覚。ピッピッ、と規則正しい機械音が聞こえる。音のほうへ首を動かそうとした。でもできなかった。辛うじて左目の端で何だかよく分からない機械で固定されているのが見えた。
そこでようやく記憶が蘇ってきた。お陰でここが何処だかも分かった。となると、腕や首が動かない理由も治療されたお陰なんだろう。ことの事態をわりと落ち着いて受け入れられた。
助かったんだ。無事、ではないが生きている。良かった。そう思えたら途端に眠くなってきた。なのに、部屋の外が騒がしい。続いてバタバタとやかましい音が近付いてくる。まだ駄目ですよ、と叫びにも近い女性の声が聞こえたその直後、バン、と扉を開く音が聞こえた。
「先生!!」
殆ど泣いてるような声に続いて、動かせない僕の視界の中に彼女の姿が現れた。やっぱり彼女は泣いていた。
「やぁ佐藤さん」
僕の落ち着き払った挨拶に、彼女は今以上に顔を歪める。大粒の涙が溢れ出て僕の顔の上に落ちた。
「大丈夫?怪我はない?」
「私は……何ともなかった。先生が助けてくれたから」
「なら良かった」
「良くないよ……」
「どうして泣くの?助かったんでしょ、僕。泣かなくていいよ」
それでも彼女の涙は止まらない。すごい嗚咽でどうにかなってしまいそうだ。こんなに僕は落ち着いているのに、逆に彼女の動揺はおさまろうとしない。
こんな時、抱き締めてあげられたらいいのに。生憎今は自分の力で身体を動かせない。落ちてくる彼女の涙を顔で受け止めながら早く治りたいと強く思った。
でも治る頃には、逆に彼女を抱き締める理由が無くなってしまう。今は、彼女の不安を払拭できるなら抱き締めてあげたいと思えるけれど。元気になったら彼女に触れる理由がない。それを思うと少し、辛い。
「大丈夫だよ」
言葉で人を抱き締めることができたなら。今の僕はどんなにすごく恥ずかしい言葉でも言えるだろう。おとぎ話の王子様になった気で、キザなセリフを囁ける。
でもそんなことはできないから。当り障りのない大丈夫を投げ掛ける。
でも、そのたった一言に彼女は必死に涙を堪えて、くしゃくしゃの笑顔を見せてくれた。綺麗だと思った。
7/10/2023, 1:10:23 PM