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ヒューッ───

ヘンリーは敵軍から放たれた砲丸が空を切る音で、ここが戦場であるという事実を思い出した。

激戦の果てに南の絶対防衛圏を突破されてしまった自軍は、後退せざるを得ず、ヘンリーもその南側に配属されていた兵士の1人である。
出撃当初10人いたヘンリーの所属部隊も、もう、ヘンリーと相棒のガルしか残っていない。


砲撃が止むまで塹壕に身を潜め、こちらの位置を悟られないように息を殺す。
周辺の塹壕にも3部隊ほど身を潜めているため、あのバカでかい砲丸が近くに着弾しようものならもれなく壊滅する。

「おいおい、また砲撃かよ。ハッ、ネズミは一気に潰そうってか。着弾の衝撃波が俺の長い左足に響くから勘弁してほしいぜ。空軍め、先にあのデカブツを叩けってんだ。」

「軽口を叩けるほどには元気なのかい。ガル、装填を頼むよ。ここからじゃ狙えないが、もう少し北上できたら高台から狙撃できるからね。」

ガルはおどけて、はいはい、と二つ返事をした。
そんなガルの様子を、ヘンリーは心配を隠せない面持ちで見つめる。


ガルの失った左足から、出血が止まらない。


昨日、別の部隊に合流するため突破された最前線から北上している途中、運悪くあの砲撃がすぐ近くに着弾した。
ヘンリーはちょうど木の影にいたため無事であったが、ガルの左足は砲弾の破片に吹き飛ばされた。

ヘンリーは直ぐ、持ち得る全てのもので応急処置を施した。
隻脚の兵士とか熟練っぽくてかっこいいだろ、などと額に脂汗を浮かべて笑うガルを支えながら、やっとこの塹壕まで後退できたというのに、無情にも死神は2人に迫ってきていた。


一向に砲撃が止まないため、ヘンリーも大人しく銃の手入れを始めることにした。
少し経ち、なぁ、とガルが手を止めて口を開いた。

「そういや、今日はクリスマスだったな。」

「あぁ、そうだったね。こんな戦場じゃなきゃ、みんな今頃美味いスモークチキンでも食ってただろうね。」

ガルは土煙の奥に見える、高い空を見上げて続ける。

「ガキの頃はいい子にしてりゃ、サンタが来るって信じてたんだぜ。リンリンッてベルを鳴らしながらな。…ハハッ、そんなの信じなくなってもう随分経つけどな…

今、リンリン聞こえてやがるんだよ、俺の耳にさ。」



ヘンリーは、ハッとしてガルに近寄った。
ガルの左足はこんなにも赤く、命を訴えかけているのに、ガルの顔はみるみる色を無くしていく。


ヘンリーは、ガルの力なく投げ出された手を掬い上げるように握った。
引き金のように冷たくなっていく盟友に、自分の熱を分け与えることができたなら、どんなに痛みが和らぐのだろう。


ガルのエメラルドグリーンの瞳が、ヘンリーを捉える。

「ガル」

「…はは…

なぁ、相棒。お前は、必ず、国に帰れよ。

サンタからプレゼント、貰えねえからな…」



その後に続く言葉はなく、ただ数回、か細い呼吸が漏れ、ガルは静かに目を閉じた。
それが相棒の、最期だった。



ヘンリーは相棒との約束を果たすため、北上を続ける。
ガルの亡骸は、弔うこともできなかった。
ヘンリーは彼が愛用していたジッポだけを持ち、激しい砲撃の中、迫る死神からひたすら逃げた。


途中、肉弾戦に巻き込まれた際に一度、ヘンリーは被弾した。
左胸に命中した弾丸に貫かれたかと思ったが、ヘンリーの左胸に走ったのは鋭い衝撃だけだった。

ヘンリーの左胸のポケットには、弾丸の跡がくっきりと残ったジッポがあった。



どうやらまだ俺には、ベルの音は聞こえない。

美しいベルの音は、俺が国に帰り着くまで、
ひょうきんで頼もしい相棒が、鳴らしてはくれないだろう。


ヘンリーは相棒の形見を握り締め、雪の舞う空を見上げた。

右手に握りしめられたジッポが、燻銀に鈍く輝く。




12/20 ベルの音

12/20/2024, 2:55:12 PM