シュレディンガーの猫は死んでいた。
自分が分岐点だと感じていたところが、本当にパラレルワールドを作り出す決定的な分岐点だなんて、人間の思い上がりも甚だしい。
自分たちの決断で世界を左右できるなんて、ひどい思い上がりだったのだ。
パラレルワールド理論は真理だった。
選択の数だけ、世界は分岐し、並行して時間は過ぎ、パラレルワールドが形成される。
だからこそ、計算通りパラレルワールドに干渉すれば、私の計画もまた、完璧に遂行できるはずだったのだ。
しかし、私は思い違いをしていた。
パラレルワールドは、人の決定、人の決断だけが、形成するわけではないのだ。
パラレルワールドを別つ条件付けは、人の営みだけではない。
自然、環境、災害、運命、今までの生、他の動物の命…数多の条件が複雑に絡み合って、パラレルワールドは分たれる。
…つまり、人類だけが行動を改めたところで、パラレルワールドに行くことは叶わない。
シュレディンガーの猫は、確認せずとも死んでいたのだ。
だが、そうであっても私は諦めきれなかった。
なんたって懸かっているのは、私の推しの存亡だったから。
推しに出会った時は、一目惚れだった。
Vなる彼女が画面越しにとはいえ、こちらに微笑みかけてきた時、私の第二の人生が始まったのだ。
彼女がスクープと誹謗中傷に晒され、引退を表明したその時に私は死んだ。
私は私を生き返らせるために、灰色の人生を変えるために、パラレルワールドに辿り着きたかったのだ。
しかし、それももはや叶わない。
私の夢見たパラレルワールドは、存在しない。
存在したところで観測できない。
辿り着くこともできない。
なぜなら、私には推しと出会わない、という選択肢がないからだ。
私には、彼女に惚れないという選択は、とれないから。
私が観測できるすべてのパラレルワールドで、彼女は、引退を表明し、死に、私の前から去るだろう。
シュレディンガーの猫は死んでいた。
選択肢の数だけ、パラレルワールドがあったとしても。
9/25/2025, 10:43:57 PM