さくら

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「ボクはキミを幸せにできない、、、」


その言葉最後に彼は画面の中から出てきてくれなくなった。




彼とは16歳のときバレエの留学先で出会った。



「はじめまして。九条天です。」

 「はじめまして。〇〇です。天くんって呼んでもいい?」

「いいよ。日本人の子がいると思わなかったから、すごく心強いよ。」

 「こちらこそ。天くんがきてくれて嬉しい。」



初めての話したのは、初めて天くんを見た次の日のレッスン終了後だった。

最初の印象は体が小さいけど、踊りは大きく、とても綺麗な顔立ちをした青少年。


明らかに人より努力してきたのだと分かった。








天と出会ってから、あっという間に天の留学期間が終わりに近づいていた。


最初はお互い探り探り話していたものの、今では休日に出かけたり本音を話す仲になっていた。





天の帰国まであと1週間。私も天も17歳になった。

 「ねぇ、天。」

「どうしたの?」

こっちを振り向いた時、天は確実に私の本音を全て見抜いたように見えた。

「ボクから話してもいい?」

少し緊張した面持ちで天は私に問いかけた。私は少し嫌な予感がしたものの、天の表情をみたら咄嗟に頷いていた。




「きっと〇〇はボクがバレエダンサーを目指してここに留学してきたと思ってるよね。でも、実は全く違うんだ。」



私からしたら否定したい事実だった。

正直これまで、日本のバレエを習ってる男性の中で明らかに天はレベルが違った。

繊細な踊りと確かな演技力。プロになるには充分すぎる実力だからである。



「ボクはある人のために、日本で、いや世界で1番のトップアイドルになる必要がある。」



天がアイドル、、、その言葉を聞いた瞬間、すぐに天がアイドルとして歌い踊る姿が想像できた。

すごく嫌で切ない感情に全身が支配される。



『アイドルになる。』



それは私に別れを告げているようだった。

天は別次元の人になってしまうのだ。





「でも、〇〇と同じ未来を見たいんだ。」





全く想像もしてなかった音が脳に響く。


 「え、、」


「〇〇と一緒に暮らして、普通の家庭を築いて、、、」


声が聞こえなくなった。俯いていた顔を上げると、天の頬に一筋の涙が伝っていた。


 「天、、、?」


「ごめんね。ボクがキミを幸せにしたかった。」


 「私、今幸せだよ。天と一緒に踊れて、他愛もない話をして、将来に思いを馳せて、、、」

 「ねぇ、天。私に少し時間を頂戴。そうだな、、3年。3年もあれば天も私も、、、」


「そうだね。分かった。キミを待ってるよ。」



天は全てを捨てたと同時に何かを失う覚悟をしたような顔をして頷いた。










それから2年後、天は『TRIGGER』のセンターとして日本を代表するアイドルとなっていた。


天はやはり昔とは違う笑顔でファンを魅了していた。







さらにそこから1年、、、プロのバレリーナとして主役として初めての舞台に私は立っていた。


私が演じたのは『ジゼル』


ジゼルは心臓が弱いが踊るのが好きな女の子だ。婚約者の浮気が原因で亡くなってしまうが、森に住む男性を踊らせて殺す幽霊から婚約者であった彼を守る話である。

バレエの物語の中でも悲劇的な話である。





終演後舞台裏に懐かしいが逞しくなった背中が見えた。


 「て、、ん、、、、」

「〇〇久しぶりだね。すごく美しかった。」

 「天もすごくかっこよくなったね。」

「ありがとう。」






沈黙が続いた、、、、、、



「〇〇、いままでありがとう。〇〇のおかげでここまで頑張れた。」


 「え、、、どういう、、こと、?」


「ボクはキミを幸せにできない、、、」


 「ちょっと待って、、!私ずっと、!!」


天は私のことを抱きしめた。顔は見えないが隣で泣いているのだけは分かった。天は私に話す隙も与えず、何も言わずに暗闇に消えていった。




「さよなら〇〇。愛してるよ。」





幻聴だったかもしれない。微かに耳に届いたその言葉は今でも耳元で響いている。



そして今日も私の家のテレビでは天の甘い声が響いている。

10/19/2024, 3:20:48 PM