川柳えむ

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 放課後。オカルトやミステリーを研究する部活に入っていた彼は、部動をする為、部室へとやって来た。
 いつものように扉を開けると、中から何か赤い物体が素早く飛び出してきた。
「うわっ!?」
 その何かは開いた扉ををすり抜けて、そのままどこかへと行ってしまった。
「な、なんだ?」
「行っちゃいましたー」
「何だったんだ? 今の」
 部室にいた後輩の女子に尋ねる。
「部活に来たらいたんです。謎の赤い生き物が。それで、私の指に何かを結びつけた後、丁度先輩が入って来て、入れ替わりに出て行った感じですね」
「指に何かを巻き付けたって――?」
 見ると、指に赤い糸が巻き付けてある。そして、気付けば自分にも。
 顔を上げて、目の前の後輩女子を再び見る。なぜか途端に彼女がかわいく思えてきた。いや、今までもかわいいと思っていたけど。
「あ、あの――」
「え?」
「先輩って……かっこいい、ですね……」
「えぇ!?」
 彼女から初めてそんなことを言われた。
 真っ赤になりながら、急いで返す。
「俺だって君のこと――」

「遅れてすまない」

 ガララと大きな音を立てながら、扉を開けて部長が入って来た。
「……何かあったか?」
 先輩男子は真っ赤になりながら固まった。

「なるほど。それは妖怪赤い糸結びだな」
 こんな部活に所属しているせいか、この中で誰よりも不思議な状況に出くわしてきた部長は驚くこともなく、話を聞いてそう言った。
「妖怪赤い糸結び!?」
「適当なこと言ってないか!?」
「いやいやこれは本当のことだ。適当な年頃の男女の小指に赤い糸を巻き付けて去っていく。この赤い糸をつけられた二人は想いを寄せ合うようになる。その赤い糸を外す為には、二人が結ばれないといけない――だったかな?」
「結ばれる!?」
「つ、付き合うとか、そういうことか!?」
 部長の言葉に二人が慌てる。
「結ばれるがどの程度のことを指しているかはわからないが――」
「でも、結ばれるしかないんですよね……」
 後輩女子が恥じらいながらそんなことを言う。
「だ、ダメだ! その妖怪赤い糸結びとやらを探して、どうにかこれを解いてもらうぞ!」
 先輩男子がそれを遮った。二人が驚いた顔で彼を見る。
「でも、君――」
 部長は何かを言いかけて止め「そうだな」と微笑んだ。
「では、妖怪赤い糸結びを見つけるぞ!」
「おう!」
「はい!」

 紆余曲折あり――。
 三人はなんとか妖怪赤い糸結びを見つけることができた。
 気付けばもう最終下校時刻である。

「もう帰る時間になってしまったし、この糸を外してもらうぞ。妖怪赤い糸結び」
「キキィ!」
 真っ赤な毛玉に手足が生えたような姿をしたそれは、部長に捕まって鳴いている。もがくように身動ぎするが、部長は離さない。
「キキッ…………」
 諦めたのか、悲しそうに項垂れると、二人の赤い糸を解く。
「――外れた!」
「もう悪さするんじゃないぞ」
 二人が無事なのを確認し、赤い糸結びを離してやる。
 住処なのか、赤い糸結びはトボトボと裏にある林の方へと向かって去っていく――。
「こんなことするのは、何か理由があるのか?」
 部長がその後ろ姿に声を掛けた。
「キ……」
 赤い糸結びは振り返った。
「キィ、キキィ。キイィ……」
「ふむ。なるほど」
 部長が頷く。
 他の二人にはキィキィという鳴き声にしか聞こえず、頭の上に「?」をいっぱい浮かべていた。
「部長、何言っているかわかるんですか?」
「いやまぁ、なんとなく? どうやら、この妖怪が大人と認められるには、この赤い糸で誰かを結ばせる必要があるようだ」
「なぜわかる」
 部長はしばらく考えると、赤い糸結びに向かってこう言った。
「俺の小指に結ぶんだ」
「え!?」
「ぶ、部長!?」
「で、もう一本の赤い糸をおまえ自身に結ぶんだ」
「どういうこと!?」
 赤い糸結びも戸惑っているようだ。
「つまり、俺とこの妖怪が結ばれれば解決だろう?」
「だ、だめです!」
 後輩女子が慌てて止めようとする。
 部長は気にせず笑っていた。
 それを先輩男子はただ眺めていた。胸が少し痛む。
 知っていた、彼女の気持ちを。だから自分達が結ばれる方向じゃなくて、赤い糸結びを見つけることでこの問題を解決したのだ。こんな形で結ばれたくない。きっと赤い糸が解けてしまったら、彼女はショックを受ける。結ばれるなら、ちゃんと好きになってもらいたいんだ。
「とにかく、俺と君に赤い糸を結ぶんだ」
 赤い糸結びが部長に言われた通り実行する。
 すると、部長の頬が赤く上気した。
「かわいいな。妖怪赤い糸結び――」
「部長……」
(なんか別に普段と変わらない気もするが)
 オカルトやミステリー、そういったものが好きだからこそ、この部の部長をやっているのだろう。この様子はいつも通りとも言えた。
 それでも後輩女子にとってみれば、この状況は悲しかった。
 部長が赤い糸結びに軽く口付けをした。
 すると赤い糸が溶けるように消えていく。なんだかそれが、とても幻想的だった。
「キィ! キィキィ!」
 赤い糸結びが嬉しそうに鳴いた。

「さて、これにて一件落着。めでたしめでたしだな。――どうした? 大丈夫か、二人とも」
 様子のおかしい二人に声を掛ける。
 先輩男子も、後輩女子も、なんとも言えない複雑そうな表情をしていた。
「いや、大丈夫――」
「はい。大丈夫です……」
「あまりそうは見えないが」
(いつかちゃんと好きになってもらいたいな。ま、難しいだろうけど……)
(部長のく、唇がぁ……。いいなぁ……。私もいつか……)
 二人の様子は少々心配だが、ともかく――
「これで事件解決だ!」

 かくして、妖怪赤い糸結び事件は解決したのだった。


『赤い糸』

6/30/2024, 9:15:06 PM