「毎日、昨日と違う私になれたら、素敵だと思わない?」
「全く思わないな」
君の問いに、僕はそう即答した。
【昨日と違う私と、世界】
「なんでだよ、思えよぉ」
「そう思ってほしいなら、疑問文の形なんて取らずに『素敵だと思って』って頼んでくれればよかったのに」
「乙女心の分からん奴だなあ」
「悪かったね」
言いながら、コンビニのショーケースにあるプリンを一つ手に取った。
「変わんないより、変わる方が絶対いいでしょ」
「ええ、でも」
無駄に高級路線のプリンを、見つめる。
「変化って、大抵劣化のことじゃん」
『おいしくなって新登場! お子さまや女性の方でも食べやすい!』と銘打たれたそれは、手に馴染むのを通り越して物足りないようなサイズと重量感。
「でも、世界の経済って緩やかにインフレしていくものだって言うじゃん」
「はあ……?」
君個人の変わる変わらないの話に、なぜ世界の経済が巻き込まれるのか。と思ったが、一旦聞き手に徹することにした。
「今ら私は君にその二百円ちょっとのプリンを買ってあげるかどうかで悩んでいるわけだけど」
「そうなの? 別に買ってくれなくてもいいのに。見てただけだし」
「君が大人になったとき、君の周囲の人たちは君に二万円の時計を買ってあげるかどうかで悩んでいるかもしれない」
「ごめん、何その仮定」
「そのとき、私がまだ二百円のプリンを買う買わないで悩んでたら、そんなの勝ち目がないでしょ?」
「はあ……」
わかるような、わからないような。
「だから、私は私が君に対して抱いているこの愛を、緩やかにインフレさせていく必要があるわけ。アンダスタン?」
「アンダスタン、と言われても……。量だけ増えて、質が落ちるんじゃ意味ないんじゃない?」
かといって、量が減ったら寂しいし。我ながら、なかなか面倒くさいことを言ってるな。
「でも、変わるリスクを取らないと手に取ってすらもらえないかもだよ。『おいしくなりました!』って、『変わりました、だからこっちを見て!』って、ポップを貼って目立たせる理由になって、それで君に手に取ってもらえるなら、それでいいじゃん」
君は、僕の手からプリンをするりと奪い取った。
「そういうわけだから、これは私が買ってあげよう。意外と、本当にちゃんと『おいしくなって新登場』してるかもよ」
だから別にいいって、という言葉を飲み込む。ポップが貼ってないと手に取る気も起きないなら、それって、最初から好きじゃないじゃん。僕は、僕がいつも食べているメーカーのプリンなら、どんなに雑然としたショーケースからでも見つけ出せるのに。
5/23/2025, 6:38:29 AM