「神はそんなことは言わぬ」
茹だるように暑く、青空と入道雲が眩しい8月。
涼しさを求めて入った林の奥で、私はポカンと口を開けて立ち尽くしていた。
「え……でもさっき、急に出て来たと思ったら願いをなんでも叶えてあげるよってやたら神々しい神様が」
「神はなんでも叶えることはできぬ。そしてアレは悪霊の一種。人から奪いこそすれ、与えることはできぬぞ」
「悪霊…!」
騙された事実と信じてしまった自分の愚かさに、思わず口元を手で押さえた。
空から舞い降りてきたその人は、長い黒髪に獣の耳を生やして、着ているものは着物風で薄汚れている。壊れかけの石造りの社の屋根を愛おしそうに撫で、チラリと私を見た。
「おぬし、随分と異形の者に好かれとるの」
「はぁ……まぁ、好かれやすいのは確かみたいですね」
「因みに何を願ったのじゃ」
「大阪王将が家の近くに出来ますようにって」
「おおさか…なんじゃて?」
「大阪王将」
「……まぁよい。この辺りは信心も廃れ、異形の者が住みつきやすい。早く去ね小娘」
そう言われて嫌だと駄々を捏ねるほど、命知らずではない。今までの経験上、こういったこの世のものでないものに逆らって良かった試しがない。
「分かりました。……あの、国道へはどうやって出れます?」
「なんじゃおぬし、迷子なのか」
「はい」
「大阪なんとやらよりも其方を願うべきであろう」
「へへっ!」
道を教えてもらってそそくさと退散すると、迷っていたのが嘘のようにすぐ国道に出ることが出来た。
ようやく帰路に着くことができる。
「あれ?」
林の目の前の空き地に、いつの間にか売地の看板が立っていた。新しい家でも建つんかな。
[神様が舞い降りてきて、こう言った。]#59
7/27/2024, 4:33:26 PM