anonym

Open App

夜の海ほど惹かれるものはない、そう言ったのは君だった。
毎夜天候が荒れない限り海へ赴いていた君は確かにそう言ってきた。日中の海には目もくれないくせに、月が昇ると取り憑かれたかのように同じ場所へと向かっていた。
一度聞いたことがある。夜の海の何処が好きなのか、と。君はただただ笑って「わからない」と答えた。そっか、と返した後の無言の間は波の音が埋めてくれた。
君は本当に海を好いて、愛していたのだろう。人に言うことも無く、写真を撮るわけでもなく、ただ海と共に何もせず時間を過ごすだけでも、君が確かに海を愛していたことは伝わっていた。
だから、海にも愛されてしまったのだろう。昼間の君が笑顔を見せてくれた花で繕った花束を海に投げ捨てれば乾いた笑みが零れ落ちてしまう。

君を奪った夜の海は、嫌いだ。



[夜の海]

8/15/2022, 12:21:37 PM