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手を繋いで


手を繋がれた。自分のものよりは大きく、それでいてしわしわで細い指のその手からゆっくりと熱が移る。
もう目も耳も聞こえなくなってしまったけれど、その感触はよく知っていた。だから、ゆっくりと握り返す。
「わたし、しあわせでしたよぉ」
何気ない日々も、会話のない時間も、振り返ればどれも愛しいものばかりで。繋がれた手と同じように心もぽかぽかとあたたかくなる。
決して大恋愛の末の結婚ではなかった。はじめましてのお見合いで、流れるように決まった結婚だったけれど、この人と結婚してよかったと心の底から思うのです。
「だから、もしまた生まれ変わったら、今度はあなたと大恋愛をしてみるのもいいかもしれませんね。ねぇ、おじいさん」
返事を聞くことも、見ることもできないけれど、繋がれた手がより一層強くなって、それが返事だとわかる。
ぽた、と頬に落ちてきた水に、雨かしら、なんて思うけれどベッドで横たわっているのは誰よりも自分がよく知っている。
幸せだった日々を胸に抱いて、ゆっくりと目を閉じる。繋がれた手を離し、ほんの少しだけさようならを。
次会うときにはまた手を繋いで、今度は最期まで離さないで。

12/9/2022, 1:16:58 PM