うみ

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 ──リラックス?


 ふと、甘酸っぱい香りが漂ってきて本から目を上げる。キッチンから、果物のような、でも慣れない香りがしていた。
 夕食をいっしょに食べませんか、という誘いに快く応じてくれた友人は、最近珍しい食材を集めているらしく、招かれた側だというのに料理を作っている。手の込んだ調理をする気になれない私にとってはありがたい事だけれど。

「何のお料理ですか?」
「あら、本はもう良いの?」

 後ろから手元を覗き込むと、まな板から目を離さないまま質問が返ってきた。

「読み終わりました」
「速いわねぇ」
「面白かったですよ。もう一回記憶を消して読み返したいくらいです」
「勧めた甲斐があったわ」

 友人がナイフを当てているのは鮮やかな黄色の果物だ。レモンに似ているけれど、それにしては形が丸い。

「不思議な香りがします」
「東の方の果物よ。ユズ、っていうらしいわ」
「ゆず」

 植物図鑑でも見た記憶がない。よほど珍しい果物みたいだ。

「どうやって使うんですか?」
「基本は香り付けね。はちみつに漬けても美味しいらしいから、明日買ってこようかしら」
「そのまま食べると酸っぱそうですしね……」
「あら、東ではこれを湯船に入れて浸かるらしいわよ」
「湯船に」

 切り刻んだ皮がたくさんお湯に浮いているのを想像する。

「……お掃除が大変そうですね」
「そのまま入れるのよ」
「そのまま」
「魔除けとか、そういう意味があるみたいね」
「不思議な習慣ですね」

 しみじみと言うと、友人はおかしそうに笑った。

「入れてみる?」
「魔除けですか」
「良い香りだし、リラックス出来そうじゃない?」
「なるほど……」




 加筆します

(ゆずの香り)

12/22/2024, 12:59:29 PM