『生きる意味』
生きている意味なんてない、という人がよくいます。まるで、それを作るのが人生だとでもいうように。
私はそうなのかもと思うと同時に、それは寂しいことだとも思います。
意味を自分で作るというのは、裏を返せば、誰もそれを用意してくれなかったということでもあります。生まれてきたときから手の届くところに置いてあってほしかった。そういう子どもみたいな願望を、大人になってもどこかに抱えている気がします。
空っぽのものを満たしていくのが人生だとするなら、その空っぽさをはじめて発見した瞬間の、あの途方に暮れた感じはどこへ行くのでしょう。なかったことになるのでしょうか。それとも、満たされていくそばから、静かに溶けていくのでしょうか。
私には、まだわかりません。
ただ、意味のない人生を一生懸命に生きている人の横顔を、私はときどき美しいと思います。それは悲しみに似ていて、でも悲しみとは少し違う。なんと呼べばいいのか分からないまま、ただ目に焼きついています。
もしかしたら、意味があるかどうかよりも、それを問いつづけることのほうが、生きることに近いのかもしれません。答えが出ないまま、それでも朝になれば起き上がって、なにかを食べて、また夜を迎える。その繰り返しのなかに、言葉にならない何かが宿っているような気が、どうしてもしてしまうのです。
4/27/2026, 1:09:40 PM