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『眠りにつく前に』2023.11.3.Fri

※BL二次創作 『A3!』より 卯木千景×茅ヶ崎至










 眠りにつく前に、茅ヶ崎はなぜだか毎日、律儀に声をかけてくる。

「今日も社畜おつでした」
「明日お昼あそこ行きましょ」
「週末は推しイベが……う、はい、片付けます」
「先輩、今日はお疲れでした? ラスボスのオーラ出てましたよ」
「は〜、最近夜は寒いですね。先輩は寒いの平気そうですけど。ゴリラだからか……いや、なんでもないです」


「おやすみなさい、千景さん」


 他愛もない話。本当に、あっても無くてもいいような、内容のない会話。たまに眠気が限界なのか、むにゃむにゃ言っていることもある。喋ってないでさっさと寝ればいいのに。
 それでも、毎日毎日、彼は俺に言うのだ。「おやすみ」と。それは、儀式めいた力を持って、俺の瞼を下ろす。

 かつて“家族”が俺を眠らせてくれた魔法の言葉。

 もちろんそんな話を彼にしたことは無い。だが、時折見せる鋭さなのか、はたまた特に理由は無いのか、茅ヶ崎はこうやって、俺の柔いところに触れてくる。

 おやすみ。おはよう。いってきます。いってらっしゃい。ただいま。おかえり。

 それらの言葉は、彼にとって、彼らにとっては、ごく当たり前の日常に馴染む普通の挨拶で。でも、俺にとっては“家族”を感じることの出来る一パーツなのだ。

 茅ヶ崎の声が耳を打つ。
 俺は目を閉じて、口を開く。

「おやすみ、茅ヶ崎」

 眠りにつく前に、呪文を唱える。
 今日も悪夢は見ずに済みそうだ。

11/2/2023, 9:04:31 PM