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「勘違いされることはあるが、邪眼というのは目が合わなければよいというものではないんだ。
 メドゥーサなんかと混同されているんだろうけど、邪眼は邪眼の持ち主がじっと見つめるだけでいい。視線には力が宿っていて、見るだけで呪う。
 魔女狩りの時は、この邪眼というのがけっこう曲者だった。
 共同体の鼻つまみ者である子供のいない寡婦なんかが、ご近所付き合いに失敗してかっとなり、思わず罵るとするだろう。お前の家が呪われればいい、とかって。
 すると、不幸が起こった時に、その女が呪ったからだということになる。
 ただまあ……凝視されると、むずむずして嫌な気分になったりするだろう。目が合ったあとすぐに逸らしても、気のせいでもなぜかずっとその視線を感じている……」

 先輩は言いながらコーヒーを飲み、こちらをじっと見つめる。
 俺はその目を見返した。先輩は顔に対して少し目が大きくて、その一方で黒目は小さく、なんというか目力がすごい。

「だから、その視線に悪い力が込められていると考えるのは自然なことだったのかもしれない。
 差別と排除の始まりは、自然で素朴な嫌悪感、それから無知だ」

 こういう話をする時の先輩は、実に楽しそうに笑うけれど、実際は遠い昔に遡及してまで、ふつふつと怒りに燃えていることを俺は知っている。
 視線には力がこもり、俺は居心地が悪くなる。自分が責められているような気がするのだ。その正しさに。

 もしかしたら俺は、先輩に火をかけていたかもしれない。そんなふうにさえ思う。
 だから俺は言う。

「現代に生まれてよかったです」
「仮にも歴史を学ぶものが、そんな単純な言葉を吐くなよ」

 先輩はそう言って、呆れたように視線を緩める。
 俺はいささかほっとして笑った。

#君の目を見つめると

4/7/2023, 2:39:29 AM