いろ

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【時を告げる】

 時計台の番人、時間の守り手、そんな風に呼ばれることもあるけれど僕の仕事はただ歴史あるこの時計台を手入れし、決まった時刻になったら鐘を撞き鳴らすことだけだ。日がな一日中時計台に閉じこもり定期的に鐘を鳴らさなければならないのだから、むしろ囚人のような生活だといえた。
 昔はこんな仕事は嫌だと、自分の天運を嘆いていたっけ。眼下に広がる街並みを見下ろしながら、僕は懐かしさに笑みをこぼした。
 正午を告げる鐘を打つ。昼休憩にざわめき始める群衆たちの片隅、広場で花売りをしていた少女が慌てたようにポケットから薬を取り出した。
 定期的に薬を飲まなければ生きていられない、吹けば飛ぶほどにか弱い命の女の子。時計台の鐘の音が彼女の命綱なのだと、様子を見ていて気がついた。
 薬を飲み終えた彼女は、時計台へと向けて深々と一つお辞儀をする。そこに鐘を鳴らす人間がいることなんて見えていないだろうに、それでもいつだって彼女は丁寧に感謝を捧げてくれた。
 彼女と出会って、僕は自分の仕事の意味を知った。僕がこの時計台を守ることで助かる命があるならば、一生この塔に囚われたままでも構わないと、そう心から思えるようになった。
 さあ、時計が狂うことのないように今日もメンテナンスをしなければ。明日も明後日も、君のために時を告げることができるように。
 黒パンのサンドイッチにかぶりつく君の素朴な姿を名残惜しく眺めながら、僕は時計台の機関部へと降りていった。

9/6/2023, 10:02:04 PM