花筏

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【風鈴の音】
チリーンッ、チリンチリーンッ、
「ふうりーん、ふうりーん、暑い夏に涼しいひと時を、風鈴いかがですかい?いいのが揃ってますよー」
男「もう風鈴売りが出てくる季節かい。早いねぇ。」
女「どうだい?お前さん。1個買ってくかい?」
男「そうだなあ、そろそろひとつくらい新しいの卸しとく
か」
風鈴売り「へいっ、旦那ぁ。どうです?ひとつ風鈴でも。
お江戸の質の良い風鈴揃えてますぜ。舶来品のもんもたんまりございやす。もちろん、金魚や、蓮の模様のやつもございやすぜ?」
男「そうさなぁ、この招き猫のやつなんか綺麗なんじゃないか?」
女「そいつもいいけど、こっちの金魚はどうだい?3匹の赤い金魚が泳いでるやつ」
風鈴売り「おっ、奥さん見る目があるねぇ。そいつはちと 特別なところから仕入れたもんで、ほかの風鈴にはない風情がございやす」
男「特別なところってのはどんなところだい?」
風鈴売り「そいつぁいえやせんぜ、旦那ぁ。言えないから特別なんですぜ」
女「私はこれが気に入りましたわ。お前さんはどうです?」
男「じゃ、それにするか」
風鈴売り「毎度あり!」

〜〜〜~〜〜

チリーン、チリーン
男「風流なもんだねぇ、でもちとこの金魚気味悪くねぇか?」
女「そうですか?私は何も感じませんけどねぇ」
男「そうかい、しかしなぁ…」
女「そろそろ夕餉です。お支度をなさってください」
男「おう」

〜〜~〜〜~

夜半変な夢を見る

赤くユラユラ揺れるあれは、…なんだ?
布?いや違う。夕日か?いや、これもまた違う。なんだ…


金魚?


〜〜~〜〜~

…さん、…えさん、お前さん!
男「なんでぇ」
女「なんだじゃありませんよ、魘されてたんで起こしただけです。それよりもあなたこそどうしたんです?」
男「何が?」
女「布団の中、びしょ濡れですよ」
男「は!?」
濡れている
女「この歳でおねしょですかい?恥ずかしいねぇ、ふふっ」
男「笑うでねぇ、それにこいつあおねしょなんかじゃねぇぞ」
女「はいはい。干しますからはやく布団から出てくださいね」
昨日見た夢はなんだったのか
風鈴を見ると1匹の金魚が消えている
男「なぁ、風鈴の金魚、1匹の少なくねぇか?」
女「風鈴?ほんとだ、1匹少なくなっとりますなぁ」
男「なんか嫌な感じがするのは俺だけかい?」
女「まだ言ってるんですか?何も感じませんけどねぇ」

〜〜~〜〜~

またあの夢だ。と言ってもまだ二回目だが

今度は赤がもっと近い。
より輪郭が分かりやすくなったが、まだその赤が何なのかは分からない。

赤に、少し黒が混じっている。やはり金魚か?にしては黒の範囲が少々広くて変なような…そして縦長だ。

動いている。そしてなにか音も聞こえる。
なんだ?
「あ"っ、あ"あ"っ、あ"あ"っ…」
ヒッ


〜〜~〜〜~

男「はぁ、はぁ、はぁ、」
女「おはようさんです。また朝からお元気ですなぁ、またお布団濡らしました?」
男「変なっ、夢を見た、」
女「夢?」
男「赤い何かが呻いていた」
女「はぁ、なんでしょうね?」
男「風鈴、風鈴の金魚はどうなっている?」
女「風鈴ですか?あら、1匹少なくなってますねぇ。もうあと1匹しか残ってないわ」
男「このままではまずい」
女「まずいもなにもただ変な夢見てお布団濡らすだけでしょ?別にそんな害なんかありませんよ。」
男「…」
チリーンっ、チリーンッ、
風鈴の音が不気味に響き渡る。
今夜、最後の1匹の金魚がいなくなるために何が起こるのか…
男「あの時の風鈴売りはいねぇのか」
女「もう遠くまで商いに出てしまってますねぇ」
男「そうかい。せめて風鈴の出処だけでも聞いときゃよやかったかなぁ」

〜〜~〜〜~

また、まただ。なにか来る。
今夜はよりはっきりした夢だ今までのぼんやりとした感覚とは違って空気の感触もわかる。嫌に肌寒い。

何かがいる。
少し離れたところに、また赤い何かが。
なんだ?なんだ………人だ。
赤い、血だらけの女がたっている。
わかった、俺がこの3日迷い込んでいたのは冥土だ。
あんな女が普通の此岸にいるわけがねぇ。
逃げねえと、でもどうやって。
目覚めようにも目を覚ます方法が分からねぇ。

ヒタッ、ヒタッ
っ、来る
あ゛っ、あ゛あ゛っ、
男「来やがれ!幽霊なんざ怖かねぇ!」
?「忘れたの…、私の事、忘れたの?」
男「お前みたいな見にくいやつのことなんざ知るかい!」
?「そっか…、なら思い出せてあげましょう」
男「なんだお前、なんなんだよ!」
?「覚えていませんか。あなたが8年前に、激昂して刀を振り回し、切りつけた女のことを。」
男「ああん?そんなこと俺はやってな…」
?「少しは思い出しましたか?ふふっ、そしたらもうひとつ、大事なことを思い出しませんこと?」
男「あ、あああ、あああああ!」
?「あなたが今日、ここに来たのは、私のせいでは無いんですよ?一体誰が、あなたにあの風鈴を買わせたか、ご存知でしょう?」
男「そんな、まさかっ、」
?「あの女性は、私の姉です。まさかこんな方法で仕返しをするなんて思ってもみませんでしたが、これでようやくあなたを連れていけます」
男「いやだっ、いやだ!」
?「無駄ですよ、もうあなたには帰り道はおろか帰る場所すらないんですから」

〜〜~〜〜~

パリンっ

あの男の部屋から物音がした。
行ってみると風鈴は割れていた。どうやら無事、役目を果たしたようだ。
これでやっと心置き無く眠れる。
ああでもその前に、びしょ濡れの布団を片付けなければ…



7/12/2025, 1:49:11 PM