文芸サークルに籍を置いていたときのこと。
後輩の添削というのが、地味に骨の折れる仕事だった。
学生なんて、自分も相手もまさに『山月記』で言うところの“臆病な自尊心”と“尊大な羞恥心”がせめぎあってるお年頃。ともすれば、人の間違いを正すことより、自分の知識をひけらかすことに躍起になってしまう。
そんなこんなでその日もサイトにアップされた後輩の作品をプリントアウトしてにらめっこ。
担当の子はどうも比喩表現に凝っているらしい。あまり聞かないたとえを多用するきらいがあった。
彼はマジシャンみたいな騎士で、とか、畳まれた洗濯物たちが嬉しそうにダンスする、とか、世界観とちぐはぐなたとえがこれでもかと飛び出す。
それを上回るのが熟語やことわざの誤用だった。
・若い少女、夜更け遅く、全員ひとり残らず
・耳を落とす、背中を折って拾う、高々に叫ぶ、二足わらじエトセトラエトセトラ……
ここまでくるともう内容うんぬんより、国語のテストの採点だ。
書き込みだらけのプリントを手に後輩と向き合う。
修飾語が多いと語感が整う気がしちゃうけど二重表現になってるよ。耳は落とせないよね。背中を折ったら痛いでしょ。声高に? それとも高らかに? 二足のわらじ、ね。
ていうかこんなに間違いばっかで平気なことに危機感感じるよ。
それまで神妙な顔をして聞いていた後輩はパッと顔を上げて、
先輩違いますよ、危機感は感じるんじゃなくて覚えるんですよ。
とのたまった。そして手もとのプリントを一瞥すると、
でも、間違いだらけだったとしても、私の投稿のほうがたくさんいいねもらってます。
そう言って、私の頭を撃ち抜いた。
(たとえ間違いだったとしても)
やなやつ!(私が)
4/23/2024, 10:16:44 AM