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 冬の柔らかな陽光が、塵ひとつないリビングのフローリングに、細長い模様を描いていた。
 美世は窓際のパーソナルチェアに腰掛け、一冊の詩集を開いている。ページを繰る指先は白く、陶器のように滑らかだ。傍らのサイドテーブルには、湯気を立てるアールグレイが置かれ、ベルガモットの香りが室内の冷えた空気に混じり合っていた。
 その完成された静寂を乱す小さな音が、部屋の隅から聞こえてくる。
 ハルの身体は、この月齢の子供らしく、どこまでも柔らかで丸みに満ちていた。まるっと突き出たお腹がパジャマを押し上げ、その下にはおむつの厚みで膨らんだおしりがある。
 ハルは、むちむちとした短い腕を床につき、反動をつけてゆっくりと立ち上がろうとしていた。

「ん、……んしょ、……んしょ……っ!」

 ハルは、お餅のような白い足の裏を床にぺたぺたと吸い付かせ、慎重に膝を伸ばしていく。肉付きの良いむちむちの太ももがぷるぷると震え、ようやく立ち上がると、彼は大きく一歩を踏み出した。
 まだ重心の取り方がおぼつかない。
 ぽてんと大きく膨らんだおしりを左右に揺らし、むちむちとした短い足で懸命にバランスを取りながら、一歩ずつ進んでくる。ぱんぱんに張ったぽんぽこお腹が、歩くたびにパジャマの下で重たげに揺れていた。
 ぺた、ぽす。
 ぺた、ぽす。
 幼児特有の、股関節を大きく開き、足裏全体で床を叩くような歩き方。おぼつかない足音を立てながら、とてとてとたっぷりの時間をかけて歩いている。
 ハルは、丸っこいお腹を突き出し、両腕を左右に広げてバランスを取りながら、ほんの少しずつ美世の方へと進んでいった。一歩進むたびに、しっとりと柔らかい足の裏が床を叩き、小さな音が静かな部屋に響いた。


「……はぁ、る……んぅ……んしょ、せん……せ」

 ハルは、もちもちとした頬を上気させ、小さな口をんあっと半開きにしている。そこからちょこんと覗く舌先が、集中しているのか時折震えていた。
 美世は本から目を上げず、ただ冷徹に、そのハルが近づいてくる気配だけを察知していた。
 ようやく美世の足元、あと数十センチというところまで辿り着いたハルは、力尽きたようにその場にぺたんと座り込んだ。むにむにとした太ももが床に広がり、幼く柔らかな肌が光を反射する。

「ん、せん、せー……」

 ハルは、灰色の瞳に純粋な光を湛え、美世を見上げた。
 彼は、美世の膝に頭を預けたいという本能的な欲求に駆られていた。ぷにぷにとした小さな手を伸ばし、美世の汚れのないスカートの裾に触れようとする。
 美世は、ページをめくる手を止めずに、視線だけを足元へ落とした。そして、吸い込まれるような速さで足を引いた。

「触らないで、と言ったはずよ」

 冷たく、一切の揺らぎのない声。
 ハルの手が空を切り、床をぽすんと叩いた。ハルはびくんと身体を跳ねさせ、弾かれたように手を引っ込める。もちもちの顔が、恐怖と悲しみでくしゃりと歪んだ。

「はぁ……本当に、汚らしい」
「……あぅ……ごめ、なさい……。はる、いっしょ……いる、した、い……」

 たどたどしい言葉が、ハルのぷにゅっとした唇から漏れる。ハルは、美世に拒絶されることが何よりも恐ろしい。けれど、彼は美世のそばを離れることができない。彼にとって、美世という存在だけがただ大好きだった。
 美世は、足元で今にも泣き出しそうに震えるハルを一瞥した。
 汗でふわふわの白髪が額に張り付き、ゆるゆるの口元からはよだれが一筋、床へと垂れようとしている。その惨めで、動物的な「生」の質感。
 はぁ、と強くため息を吐く。苛立ちが存分に含まれたものだった。

「そこに座っていてもいいけれど。その代わり、動くことも、喋ることも禁じるわ。それが、私と一緒にいるための条件よ」
「………っ!!」

 ハルは、はっと息を呑み、必死に涙を堪えた。
 美世はハルを見ていない。再び本を開き、活字の海へと戻っていく。けれどハルにとっては、この空間に存在することをわずかに許されたと、浅ましい勘違いをしてしまう。
 ハルは、ぽてんとしたおしりを落ち着かせ、お餅のような足先を丸めて、美世の指示通りじっと動かずに座り込んだ。
 お腹が空いて、内臓がきゅうっ、ぐーっ、くーっ、と鳴る。冷たい床が、ぷるぷるの肌を冷やしていく。それでもハルは、美世の横顔を視界の端に入れるだけで、ひどく安心した。

 美世にとって、それは鑑賞物としての沈黙だった。
 ハルにとって、それは「一緒」という名の、孤独な望みの形だった。
 窓から差し込む冬の光は、やがて影を長く伸ばし、二人の距離を残酷なまでに鮮明に描き出している。





2026.1.6
#君と一緒に

1/6/2026, 2:39:11 PM