Ayumu

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 ああ、神様。私の平穏な日々はいつ戻ってくるのでしょう。

「あっ、スズコ! あの食べ物はなんだ、うまいのか?」

 お前はなにを言っているんだと突っ込まれそうですが、今、私は異世界から来たと主張して譲らない男性約一名の観光案内をさせられています。
 見た目は日本人というか地球人と変わらないし、日本語も通じるのに、いわゆる常識が通じないのです。

「あれはハンバーガーと言ってですね、まあ、ボリュームあって食べ応えあります。おいしいです」
「ふーん、よくわからないがお前がそう言うならそうなんだろう! よし、買いに行くぞ」
「ええっ、さっきカツ丼食べてたのに!?」
「言っただろう、我々はお前たちより胃袋が何倍も大きいのだと!」

 いや、そろそろお金が!
 という訴えをする前に、彼はずんずんとお店に向かって行ってしまう。
 本当に意味がわからない。仕事が終わり、へろへろになりながら自宅のあるマンションの自動ドアをくぐろうとした瞬間、スポットライトみたいな光が突然生まれ、目を開けたら彼が立っていた。

『おお、お前が私の案内係を務めてくれるのだな? 私はディルという者だ。よろしく頼むぞ!』

 一方的によろしくされてしまっただけでなく、衣食住も提供する羽目になった。そのぶんのお金は定期的にディルからもらえているが、異世界の人間ならいつどうやって換金しているのか、謎だ。

『ただで泊まらせてもらうわけにはいかないからな。そこはきっちり弁えているさ』

 まあ、変態、犯罪にあたる行為はまったくされていないしされる気配もないし、でかい弟ができたと思える空気ではあるのだが。

「ふー、本当に迫力満点だったな……さすがの私も満腹になってしまったぞ」
「そ、それはよかったですね」

 バーガー類すべてを注文していれば、そりゃあ苦しくもなる。店員みんなにたいそう驚かれて、死ぬほど恥ずかしかった。
 ようやく帰宅できそうだ。今日も、肉体精神ともに疲弊しまくった。明日仕事だなんて信じられない。

「……あの。ディルさんはその、いつまでこちらにいらっしゃるんで?」

 元の生活に戻りたい。その願望が自然と溢れてしまったのだろう。
 彼は銀色の瞳をわずかに見開いて、無言で私を見つめた。そんなはずはないのに、心の中を覗かれているようで心地悪い。

「すまない、具体的な日取りはまだ決まっていないのだ。我が国の人間は皆のんびりしているからな」

 決まっていない――明らかな失望でいっぱいのはずが、複雑な気分に戸惑う。この非現実的な毎日から早く解放されたいのは確かなのに、変。

「スズコに苦労をかけているのは重々承知している。だがもう少し、このディルに付き合ってくれまいか」

 いつでも自信に溢れた表情をしているディルが、どこか悲しそうにこちらを見下ろす。しまった、そんなにだだ漏れていたか。

「大丈夫です。そりゃ最初は大変ばかりでしたけど、楽しくないわけでもないので」

 半分嘘で半分本音だった。普段ならスルーするようなものにもディルは興味を示して、それが新たな発見に繋がったりもしている。

「そうか、スズコは優しいな。本当にありがとう」

 見慣れているはずの笑顔がなぜか眩しすぎて、痛い。


 平穏な日々が戻ってくるよう願う気持ちは、本当。
 でもこのもやもやとした感情はいったいなんだろう。


お題:平穏な日常

3/12/2023, 7:44:11 AM