リル

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ささやかな約束

「小さい頃の約束など覚えていない。」
 それはどんな時、どんな内容であっても絶対に覚えていられるという確証などない。その時の約束がどんなに大切であったとしても。
 そのせいか、どうしても思い出せない約束がある。名前も顔も覚えていない、本当に小さい頃の約束。それは大切な約束だったと思うのに、何の約束なのかが分からない。その約束と同時に、約束した相手のことも大切だった。
 その一瞬の約束でさえ、最初は気まぐれだったり、興味半分だったのかもしれない。それでも、時間が経てば大切な約束へと変わっていく。
 あの時、私と約束した相手はたぶん気まぐれだった。それでも、あの人は私を選んだ。私の顔を瞳に映して、真剣な表情で。
 それなのに、私は約束の時間に行ったのか、行かなかったのかも覚えていない。いや、きっと行っていない。そんな気がするのだ。それに、その約束の時間を記した紙でさえ、どこかに消えてしまった。あれは、大切な約束だったのか、大切じゃなかったのか今ではもう分からない。
 ただ、今ではあの約束の内容も相手の顔も知りたいと思っている。だからきっと、今の私だけの大切な、ささやかな約束なのだろう。

11/15/2025, 6:53:51 AM