ハイル

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【隠された手紙】

拝啓

 これを読まれているということは、私の手紙が無事あなた様の元へ送り届けられた、ということになります。
 今はおそらく、二月頃になりましょうか。あの厳寒は未だ続いておりますでしょうか。○○様は、お元気でお過ごしでしょうか。
 私は知っての通り、遠い遠いところにおります故、故郷の景色や空気を目肌で感じることができないのです。嗚呼、なんと恋しいことでしょう。最後に食べた塩粥の味が、昨日のように思い出されます。
 時間がありませんので、手短に記します。私は攫われたのです。あの日来た客人たちは、強引に私を連れ去ってしまったのです。あの村には、時折客人がいらっしゃったでしょう。それに紛れ込んでいたのです。まるであれは鬼です。人の皮を被った鬼なのです。
 ○○様、我儘を承知で申し上げます。私を助けていただきたい。故郷の香りを思いながら、打ちひしがれる毎日でございます。○○様に会いたい。故郷へ帰りたい。そう思いながら、冷たく寂しい牢の中、暖かく懐かしい景色に思いを馳せております。

                      敬具
                      △△
 ○○様


 男は、古く薄汚れた手紙を読み終えると、あまりの悲痛な叫びに心を揺さぶられ、呼吸が浅くなるのを感じた。
 この手紙は、牢を監視する目的があっただろう部屋の文机の上に、粗雑に置かれていた。つまり、この手紙を相手が読むことはなかったのだろう。なんと惨いことを、と男は送り主を哀れんだ。
 廃墟となったこの地下牢獄――鬼の実験施設だったらしい――は、廃墟探索を趣味とする男が偶然見つけたものだ。
 牢の中には、その送り主であっただろう遺骸が横たわっている。遺骸の頭蓋骨から、小さな角が二本生えていた。幼子なのだろうか。体格もそれほど大きくはなさそうだ。
 人の皮を被った鬼。
 その文言が頭から離れない。本物の鬼に鬼と言わしめる人間たち。男は身震いし、早くこの場を立ち去りたい思いに駆られる。そのまま牢へ体を向け黙祷し、足早にその場を後にした。

2/3/2025, 2:11:09 AM