お題:相合傘
通り雨がカフェの窓を叩いている。帰る頃には止むだろうと彼と話してジュースを飲んでいたが、雨は強くなる一方だった。取り敢えず外に出たものの、傘もなく濡れて帰るのも嫌でただぼんやり屋根の下雨宿りをしていた。
パッと手首を掴まれ引っ張られ、勢いで走り出した。二人、雨の中に躍り出る。
こういうとき、さっと傘を差し出したり買いに行ったりするような人の方が誠実な人だろうし、そういう人の方がいいだろうに。
「一緒に濡れて帰ろ」
そう笑って手を引く人のほうが魅力的に見えてしまうのは、何の魔法だろうか。
カフェの窓から見える曇り空を見て、ふとびしょ濡れになったあの日のことを思い出した。つい1週間前の出来事なのに遥か昔のことに思える。傷心気味にポソッと雨の日のことを友人に話した。
「魔法……って、アンタそのせいでいっつもクズ男に引っかかってんのよ。歴代彼氏クズ男の自覚はあるの?」
「別れた後には気づいてますしありますよぉ……」
憂鬱な気持ちを混ぜるようにストローをいじる。溜息も止まらない。いじけているのも今だけで、どうせ私は数日もすればまた新しい彼氏を作る。みんな私のことを都合のいい女扱いをしていると気づいていても何故かやめられない。
「アイス全部混ぜんの? もうほとんどコーヒーと混ざってるけど」
「あー……いいやべつに。アイスひとくちください」
「これアタシのなんだけど」
文句を言いながらいつも半分もくれる。彼女はとても面倒みが良くて、お姉さんみたいで、頼りがいもあって、わんこ系の男の子と相性が良さそうだ。私は一体誰と相性がいいんだろう。
「私はどんなタイプと相性いいのかなあ」
「もっとしっかりした人ね」
「しっかりした人は私の相手なんてしませんよ」
「馬鹿だから?」
「んーーあーそうですよ! 阿呆な私の相手なんて、賢くてしっかりしてて誠実で優しくて私のこといつも気にかけてくれて頼りがいがあって賢くて誠実で浮気しない一途な人なんてぇ」
「はい、はい、そうだねえ、賢くて賢い人ね」
こうやってティッシュを渡して背を撫でてくれて、かといってベタベタし過ぎない。ずっと引っ付いているのも好きだが、彼女のような人と一緒にいるのが一番居心地が良い。気がする。私のことをよく知ってくれている人がいて、体温ではない手のぬくもりを感じられている今の自分は最高に幸せだ。
「ほら、なんか雨降りそうだしそろそろ帰るよ」
「……はぁ〜い。いつもありがとうございます……あなたがいないと私生きていけませぇん」
「恋愛やめればいいと思うんだけどなぁ。すぐ付き合ってすぐ別れて、もう別れるために付き合ってるようなもんじゃない」
妙に、どうも、しっくりきた。もしや私は、本当に別れるために付き合っていたりして。
「うわ、雨降ってきた。アンタ傘……はいつも持ってないか」
外に出たタイミングでちょうど雨が降り始めた。私は天気にまで好かれていないらしい。
「いいよ、濡れて帰る」
「もー。自暴自棄にならないことね」
はい、と傾けられた傘。
傘、半分こ。私を入れてくれる。突然腕を掴んで走り出したりもしない。きっとこの間みたいに風邪も引かない。天気に嫌われている? ちがう。今日は違う。
「濡れるからもっとこっち寄ってね」
あ、あ。『もう別れるために付き合ってるようなもんじゃない』。
「私」
そうだ。
「どうしたの、忘れ物?」
「あなたに慰めてもらいたくて」
無意識に立ち止まっていた。みるみる目が見開いていく感覚がする。あなたがまるで鏡みたいだ。
「あなたに背を撫でてもらえるのが嬉しくて。だから、きっと、すぐ別れるんだ」
世界から切り離された傘の下。相合傘の行く末は。
6/19/2023, 7:31:31 PM