崩壊するまで設定足し算

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▶9.「脳裏」

8.「意味がないこと」‪✕‬‪✕‬‪✕‬の目的
7.「あなたとわたし」の願い
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1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬

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カラン、コロン

とある昼下がり。ドアに付けたベルが来客を知らせる。
「いらっしゃいませー」

やる気もそこそこに顔を向けると、一人の若者が入ってきた。

「1人分で2泊頼みたい。部屋はあるだろうか」
「はい、ございます。前払い、銀で500。サインをこちらに」

ずい、と台帳を押し出すとすんなりと書き始める。
「確かめてくれ」

支払いも手際がいい。全ての客がこうだといいんだけどな。
食事やら何やら説明し、カギを渡した。
「毎度ありがとうございます。どうぞ、ごゆっくり」

客の背中を見送り、台帳の名前をじっくり見る。

(これは…)
主人の脳裏に過去の出来事が駆け巡る。



できるだけ力を入れなかったのだが、
バタン、と築年数相当の音を立てて部屋のドアは閉まった。

(あの主人は…)

もう少し期間を空けて来るべきだったか。
ひとまず旅装を解きながら考える。

人形は容姿が変えられないため、ひとつの所に長くいられない。直接関わりができた場合には、10年単位で期間を空けるようにしている。
しかし今回は、

(子供の記憶力は予想がつかない、と)

新しく得た学びである。

昨日のことを覚えていないと思いきや、30年前の出来事を覚えていたりする。

(さすが宿屋というのか、顔ではなく字に反応した)

人形が世に紛れる上での弱点。
‪✕‬‪✕‬‪✕‬は少々字が綺麗すぎる。

主人が名前でなくサインと言ったのもそうだ。
字が書けない者は自身を表わす印のようなものを持っている。

博士と過ごすのには何の支障も無かったのが災いした。
旅に出てから気づいてはいたが、
人形は抽象化が苦手であった為、作れずにいた。


(人間らしい行動、というのが誤りだったのか)

30年前、あの日。宿で出す食事の仕入れを任された少年。手間取ったとかで人出の多い時間を過ぎての夜道。物取りに襲われているところを助けた。

少年と、当時の宿屋を経営していた夫婦には感謝されたが。

正か、誤か。
人形に脳はないが、思考の隅でめぐる。


結果として、
再度主人と顔を合わせた時、30年前のことを聞かれ、
自分は当時助けた者の子だ、話は聞いたことがあると話した。

それでもと感謝され、あたたかい食事を出してくれた。
食材そのものはエネルギーにできないが、
その温かさは人形の体にしみていった。

11/10/2024, 9:23:27 AM