あの夏、草いきれ、チャリ漕いで、
町のはずれの駄菓子屋まで。
兄貴に奢ってもらったアイスを食べながら、
「今日はどうする?」って空を見上げる。
田んぼのあぜ道をあてもなくうろついて、
ポンプ小屋の陰で一休み。
駄菓子屋で買った魚肉ソーセージ目当てに、
いつもの野良犬がやって来る。
「あの坂の上の家にさ、東京から引っ越してきたんだって」
その家族には、ひ弱そうな姉妹がいた。
天気のイイ日に傘をさして歩く。
「お前のクラスに来るかもしれないぞ」
鼻をこすりながら、気のない返事をする。
兄貴の勘は当たった。
妹の方が俺のクラスに、そして姉の方は兄貴のクラスに。
ガラス細工のような女の子だった。
空気感の違う彼女は俺達に馴染めずに、
夏の終わりの教室で浮いていた。
半袖シャツの俺達に紛れて、
まったく肌を見せないような長袖ブラウスと手袋。
ひぐらしの鳴く頃に、
ポンプ小屋の陰で話す、姉妹の姉の方と兄貴を何度か見た。
俺は仕方なく、ちょっと離れたところで野良犬と戯れた。
兄貴を取られるような気がして、ムカついて、
妹に意地悪をしたこともあった。
小さい声で「ごめんね」と言われて、自己嫌悪に陥る。
「俺がさ、家を出るって言ったら、どうする?」
兄貴が久し振りにアイスを奢ってくれた。
「なんでだよ」
兄貴がチャリの後ろにあの娘を乗せて、
学校から帰る姿も何度か見た。
「なんでだよ」
兄貴は何も答えなかった。
それから数ヶ月後、あの家族が引っ越していった。
妹の方の持病が悪化して、
東京のデッカイ病院に入院することになったらしい。
療養のためにこの町に来たはずなのに、
自然の力では彼女を治せなかったってことか。
俺の自己嫌悪は消えないまま、
「ごめんね」は宙ぶらりんになる。
冬の寒さを感じ始める頃、
兄貴と駄菓子屋の前で空を見上げてた。
「今日はどうする?」
兄貴は上の空で、ずっと遠くを見つめたまま。
「最近、あのワン公の姿が見えなくてさ」
高校を出たら、東京へ行くと言い出した兄貴の、
オンボロのチャリを蹴飛ばした。
兄貴は肩を落として、「ごめんな」と呟いた。
俺にじゃなくて、あの娘に伝えて欲しい。
「ごめんね」と。
短い夏の終わりの季節に、
この町を好きになってもらうことも出来なくて。
本当は、好きになって欲しかった。
この町のことも、兄貴のことも、俺のことも。
次の夏、草いきれ、チャリ漕いで、
町のはずれの駄菓子屋まで。
去年は兄貴が奢ってくれたアイスを自分で買って、
「今日はどうする?」って自問自答する。
半袖から伸びた腕は真っ黒に焼けて、
これじゃあの娘と釣り合わないな、なんてバカなこと考えて。
大学の夏休みに、もうすぐ帰省する兄貴を心待ちにしている。
5/28/2024, 5:23:42 PM