「幸せんなってね」
うみの水面と、私の視界はゆれている。
ゆりかごよりゆっくり、くらげより早く、ゆれ歪むなかで、みさとちゃんは笑ってた。
「幸せんなりたいね」
喫茶店で、ちょっと古いカフェで、向かいの席に座るみさとちゃんは、あいさつをするくらいすんなり言う。
私は、みさとちゃんの性格をよく知ってるつもり。だからエッと思って、大人しく、手は両膝に乗せたりなんかしちゃって。次の言葉を待った。
「……1000円ずつでど?」
「っん?」
「えっ。フツーに」
「アレ、もう会計いくかんじなの」
みさとちゃんは、三つ編みをポロッと肩から落とすくらい、深くうなずく。
パチンと二人目を瞬きあったけど、みさとちゃんはそのまんま、自分の羽をついばむ鳥みたく、手を白いカバンに突っ込んで、お財布を取り出し、あとぐされもない感じで、ガタッと立ち上がった。
「えあっあっ、えっ起きた!」
白いベットに寝てる私のむねに、転がりこんでくるみさとちゃん。
私ら、さっきまで喫茶店いなかったっけ?
「あんた覚えてないの?自殺しようとしたんだよ」
いつか、いつか忘れちゃった。いつか観た映画みたいに、シーンつなぎがこう、ツギハギなかんじ。
喫茶店はって言おうとしたら、声が出ない。
口に酸素マスクつけてあった。
「ねえ、1000円ずつがいけなかったの?あんた、お金無かったの?あたしになんで相談してくれなかったの?」
みさとちゃんの三つ編みがくすぐったくて、私はクスクス笑った。
「なに〜?」
みさとちゃんもクスクス笑って、私を見た。
「みさとちゃんのこれ、きれいだねえ」
私はみさとちゃんの綺麗に編まれた三つ編みを指さして、羨ましがる。
またシーンが飛んでるの。でもツギハギじゃないかも。
「みさとちゃあーん!お母さんがお迎え来たよー!」
保育園の先生が、スラッとした人影つれてやってくる。
みさとちゃんはわーっと駆け出して、私も後を追う。みさとちゃんの三つ編みから、綺麗な香りが漂って、私は、ふうっと幸せに息をついた。
「彼氏できちゃった!」
今度はお泊まり会。私の手にはホットミルク入りのマグカップ。
紺色のカーテンは閉まってる。
「えーっみさとに?」
私はおどけた感じで言ってみて、みさとちゃんはそれに怒って、バタッと立ち上がる。
そんで、机揺らして、ホットミルクこぼして、二人いっしょにやけど。
「あっ」
みさとちゃんの足に当たって、凄まじく机が揺れた。
私とみさとちゃんのマグカップが一緒にこぼれて、一緒に叫んだ。
ザザーッと波が足首までこみあげて、私はびっくりする。
「声帰ってこないねえ」
綺麗な衣服を生暖かい南風にゆらし、みさとは私に言った。
「海びこってないんだね」
私は言って、みさとはクスッと笑った。
行こ。とだけ言って、みさとはきびすをかえす。
防波堤に置いていた、上質なバックをひっかけ、車のキーを取り出してる。
「なんでも相談してね」
みさとはサイフからお金を出して、私に押し付けた。
これは、多分、自殺云々のあと。
このあとどうなるか、私は知ってる。
なんで知ってんだろ。
「いらないよ」
「いいよ。遠慮しないで」
「いらないって」
私は強めにみさとを押しのけて、きびすをかえす。
ぱつっと、みさとに腕を掴まれて、失敗。
「お金、必要なんでしょ」
「……あんたの彼氏からなんて、もらいたくないよ」
振り払って、そのまま帰った。
みさとといっしょに歩いてると、電話。母からだった。でてみると。
嫌にしずかで、つめたいかんじがしたのを覚えてる。
少ししたら、知らない男の人の声で、お母さんが倒れたことを知らされた。
がん。
治療にお金が必要だった。
「女手ひとつで、あんた育てたってね」
ベンチで塞ぎ込む私に、ああやって酷く振り払った私に、みさとは優しく、いい生地でできた上着をかけてくれた。
「困ってんならいって。
あと、その上着、あげるね」
えっと驚いて、私が顔を上げてみると、夕暮れのバターの中に、みさとの優しい笑顔があって、みさとは、「未練、残したくないの」。
私の目から、涙が溢れて、汚いけど、ちょっとだけ鼻水がでて、私が覚えてるなかでいちばん綺麗な夕焼け空があった。
「今月もスケジュールつめっつめ!売れっ子アイドルかっての」
みさとはひとつにくくったポニーテールをゆらっと揺らし、アイスを一口にくわえる。
扇風機がわたしたちに風を送って、私はみさとのいい匂いをふーんと嗅いで、香水のことを、なんとなく聞いてみる。
「つけてるわけないでしょ。香水なんて買うだけムダじゃん!あたしの香りは自然の香りなんだから」
得意げに話すみさと。
汗臭くなくていいなあなんて、私はその時思ってたんだっけ。
これ、走馬灯なんだね。
何で私、死んじゃったの
3/31/2024, 11:35:09 AM