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「あー、悔しい!
 あの女ムカつく」

 私は自分の部屋で一人、心にためた不満をぶちまける。
 私は今日、駆け出しの女優としてとあるドラマの主役のオーディションに参加した。
 原作のファンと言うのもあるが、一流の女優として羽ばたくため、どうしても役をもぎ取りたかったのだ。

 自信はあった。
 色々な対策も講じた。
 そして結果はぶっちぎりの一位。
 だが、私の心には憎悪が渦巻いていた。

「あの女ふざけやがって!
 うがー!」
「あんまり大声出すと、近所迷惑になるぞ」

 私しかいないはずの部屋から、突然男の声が聞こえる。
 声の方を見れば、ソファーの裏から男が出てきた。
 男は中肉中背で、顔はイケメンだが頭に禍々しい角が生えていた。
 普通に考えれば、不審者だろう。
 だが私は慌てない。
 コイツの正体を知っているからだ。

「あら、来てたの……
 ご忠告どうも、悪魔さん」
「ああ、お前も元気そうでなによりだよ」

 こいつの正体は悪魔。
 私が女優デビューした時に私の前に現れ、それ以来ずっと私に付き纏っている。
 どうやら私の魂を欲しいらしいのだが、私の見立てではただの厄介ファンである。
 魂が欲しいと言うのも、悪魔だからと言うよりかは、ファンのこじらせと思った方が納得できる。

 だが悪魔にとって残念なことに、私は悪魔に願うような願いはない
 という訳で、鬱陶しい以外は害が無いので放置している。

「何かあったのか?」
「『何かあったのか?』じゃないわよ。
 さっきのオーディション、どこからか見てたんでしょ」
「ああ、見ていた。
 ぶっちぎりの一位だったな」
 悪魔は、「合格おめでとう」とパチパチ手を叩く。
 褒めているつもりなのだろうが、どうしてもバカにしているようにしか見えない。

「そうね。
 結果が最初から決まっていた出来レースだったけどね」
「それは気づかなかった」
「よく言うわ。
 あなたがやったんでしょう?」
「なんだ、バレてたのか」
「当たり前よ!
 審査員全員が虚ろな目で座っているのよ!
 気づくに決まっているじゃない!」

 アレはかなり異様だった。
 審査員は、本当に見ているのか怪しいほど、目が虚ろで虚空を見ており、こちらからの質問も、空返事ばかり。
 他のオーディション参加者も、あまりの事態に怯えていた。

「にもかかわらず、私の演技を絶賛するのものだから、気味が悪いを通り越して笑いがこみ上げてきたわ」
「意図とは違うが、楽しんでもらえたら何よりだ。
 ああ、対価はいらない。
 俺が勝手にやったことだからな」
「当たり前よ!」
「だが何を怒っている?
 オーディションには合格し、俺の細工もまあまあ楽しめたのだろう?」
「ふん、アンタが茶々を入れてきたものムカつくけどね。
 それ以上にムカつく奴がいたのよ」

 その瞬間、悪魔が目を輝く。 
 どうやらこの悪魔、人の悪意が大好物らしい。
 趣味の悪い――いや悪魔だから趣味が良いのか、ともかく悪魔は子供の様に目を輝かせていた。

「詳しく教えてくれ」
「合格発表の時、アイツが私に近づいてこう言ったの……
 『おめでとうございます。 ところでコネで合格して嬉しいですか?』ってね!」
「コネだろう?
 俺の力を使って合格したのだから」
「アホか!
 頼んでないし、そんなことしなくても私がぶっちぎりで合格よ!」

 私が叫ぶと、悪魔は悲しそうな顔をする。
 感謝されないことにがっかりしたようだ。
 本当に善意からの行動らしいが、迷惑なものは迷惑である。

 だが!
 それが霞むほど!
 あの女が憎い!

「あの見下した目線。
 ふざけやがって!
 どう見ても私の方が格上でしょうに!」
「では報復するか?」
「報復?」
「俺は悪魔だ。 
 報復は得意中の得意だよ」
 悪魔はニヤリと笑う。

「報復したければ願いを言うといい。
 悪魔として願いを叶えてやろう。
 無論、対価は頂くがね」
「報復か……
 いいわね。
 アンタの思い通りってところが癪だけど、乗ってやるわ。
 まずあの女が次に出るオーディションを調べなさい」
「いいだろう……
 それから?」
「参加予定者に、私の名前をねじ込みなさい」
「分かっ――は?」
 悪魔は呆れたような顔で私を見る。
 こいつの付き合いはまだ短いが、呆れている顔を見るのが多い気がする。
 威厳の無さに、最近悪魔と言うのは嘘じゃないかと疑っている。

「一応聞くが、何のつもりだ?」
「あの女と同じオーディションを受けて、あの女を負かす」
 悪魔は、眉間を押さえる
 言葉を選んでいるのか、考えている素振りを見せる。
 悪魔はしばらく熟考したあと、顔を上げる。

「俺は悪魔だ。
 得意なのは、人間を不幸にすること。
 例えば、あの女を病気にするとか、事故を起こして歩けなくさせるとか……
 あるいは、女の所属する事務所を潰すでもいい。
 なぜそう言った事を願わない?」
「そうすると、私はあの女に実力の差を見せつけられないわ。
 私と正々堂々勝負して、実力の差を目のあたりにして、あの女が敗北を認めるのが私の望みよ」
「正々堂々は、悪魔の仕事じゃねえ!」
 悪魔の男が、不満そうに私を見る。
 頼まれもしないのに、私に付き纏ってるくせに……
 勝手な奴だ。

「もう一度いう。
 俺は悪魔だぞ。
 もっとドス暗い感情に満ちた願い事をしろ」
「してるじゃない。
 リベンジにメラメラ燃えているわ。
 そして、あの女を負かし、屈辱まみれにしてやるわ!」
「そういう事じゃない」
「そんなに悪魔の仕事をしたいなら、他のやつのところに行けば?
 例えばあの女とか。
 根暗そうだから、ガンガン願い事すると思うわよ」
「お前はそれでいいのか?
 多分あの女、躊躇なくお前を呪うぞ」
「いいわ。
 むしろハンデがあった方が、力の差が分かりやすいもの。
 それでもわたしが勝つしね」

 私の言葉を聞いた悪魔は、諦めた顔をして近くにあったソファーに座る。
 こういう問答の後、悪魔はいつもあのソファーに座る。
 定位置というやつだ。

「やめだ、やめ。
 まったく商売あがったりだ」
「待って。
 あの女のオーディションを調べると言うのは……」
「俺は便利屋じゃない。
 自分で調べろ」
「役立たず」
「うるせえ」
 そう言って、悪魔はソファーに横になる。
 ふて寝だ。
 ここまでが、いつものやり取りである。
 こうなると、特に用事がない限り、お互い不干渉だ。

 だが今日の私は、コイツに用がある。
 私は、最短距離で悪魔の寝ているソファーに向かい、空いているスペースに腰を掛ける。
 悪魔は寝るのを邪魔されて、不快そうに私を見ていた。

「なんだよ……」
「私に言うことない?」
 私の言わんとしていることを察し、悪魔はその端正な顔をしかめる。
 こいつ、悪魔のくせに顔に出やすいな。

「さっき言っただろ」
「感情こもってなかった」
「いいだろ別に」
「はあ、せっかく頑張ったのに。
 アンタが、原作好きだって言うから……」
「お前、汚いぞ!
 はあ、くそ、分かったよ」
 悪魔は体を起こし、私を正面から見る

「その、合格おめでとう。
 ドラマ、楽しみにしてる」
 悪魔は慣れないのか、はにかみながら私に賛辞を贈る。
 不器用な誉め言葉だが、ファンの声援は何よりも嬉しい。
 そして、それに対する私の答えは、最初から決まっていた。

「ありがとう、ファン一号。
 ドラマ、楽しみにしててね」

8/8/2024, 1:28:10 PM