一華

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広い広い空でした。
一面、分厚い雲で覆われていて、時おり雨が降り注ぎます。冷たい雨です。
傘を差したその人は、毎日のように僕を刺しました。けれど、どれだけ血が流れようと、それが人目に触れる前に流されてしまうのです。
傷つく僕を憐れに思ったのか、優しい人が屋根のある場所へ連れて行ってくれました。


広い広い空でした。
けれど僕に許されたのは、ほんの僅かに切り取られた丸い空です。
限られた空を与えてくれたその人は、全ての窓に鍵を掛けました。
雨粒の冷たさに凍えることはもうないのです。しかし、ときおり差し込む光の温かさや、そよ風の心地よさを感じることもできません。
閉じ込められた僕を憐れに思ったのか、優しい人が太陽のある場所へ連れて行ってくれました。


広い広い空でした。
太陽がギラギラと輝き、雲ひとつありません。
僕を外へ導いてくれたその人は、休むことなく大空の下を歩き続けました。沢山の人が、同じように歩き、走り、時には踊っていました。
風を感じることかできます。でもそれは、肺を焼き尽くさんばかりの熱風です。湖も、川も、水溜まりもなく、休む事も許されませんでした。
枯渇する僕を憐れに思ったのか、優しい人が水をくれました。


広い広い空の下、飲み干した水はとても冷たく、僕を潤してくれました。はじめて、僕は生きているんだと思えました。
だから僕は、それが毒だと気付いても、嬉しかったのです。
死にゆく僕を憐れに思ったのか、優しい人達が花を手向けてくれました。


広い広い空でした。からっぽの命で見上げた青は、今までで一番綺麗でした。

12/21/2023, 1:46:15 PM