「もう目の前に来年が立ってますよ。」
死んだ目で街を見下ろしながら隣に投げかける。
「大晦日まで仕事で、やっと終わったと思えば職場のビルの屋上で後輩と過ごすなんてね。」
「いいじゃないですか」
イヤイヤな感じを出してるけど、後輩思いなのが透けて見えるから憎めない。
「職場で年越しは僕も不服ですよ。でも、飲もうって誘ったのは先輩です。」
コンビニまで買いに行かされた不満を少しぶつけるように、ツマミの袋を肩に押し付ける。
「サンキュ」
そう言ってノールックで受け取る先輩は夜が似合う。
寒空の下、ビールを飲むのは案外初めてで、頬を緩ませながらプルタブに手をかける。
「ちょっと待って。まだ。」
「え?」
サビ前で曲を止められたかのように、腑抜けた声を白い息が運ぶ。
「今いいところだった。なんで止めるんですか。」
「いいから、あと少しだけ。」
僕を見ずに先輩は左手に目をやる。
「…先輩?」
疲れて働かない頭で考えても、先輩の行動は読めなくてただ先輩の横顔を見つめるばかり。
視界のネオンがボヤけてきた頃、先輩が動き出す。
白くてすらっとした指先で缶ビールを掴む。
頬を片側だけ上げて、こちらを向く。
「0になったら、一緒に開けて。いい?」
新鮮味を覚えるそのイタズラな瞳にますます意味がわからない。
一瞬だけ左腕を見る先輩。
「ちょっとどういう…」
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、いくよ?ゼロ!」
カシュッ、カシュッと決して同時ではない音が耳に届く。遅れてしまったのは僕の音だ。
「あけおめっ。」
手早く缶をコツンと当て、新年の挨拶も早々に缶を口へ運ぶ先輩。
「あー、年越しと共に飲みたかったんですね。」
遅れをとりながら僕も口に含む。
「今年もよろしくね。後輩。」
1/1/2024, 1:19:55 PM