※この物語の登場人物は1990年代に生まれた設定なので、成年年齢は二十歳です。
◆◇◆
光が反射してキラキラと輝く海のように、俺の記憶は色褪せないままでいる。
俺より二つ年上の相沢さんは、自由奔放という言葉が似合うと思う。子供の頃から協調性が皆無だったから、俺が振り回され続けた。相手をするのは面倒だし疲れるけど、相沢さんのストッパー役が俺以外にいないのもわかってる。
兄弟みたいに育った俺たちは、友達を越えた絆で結ばれていると信じていた。ずっと一緒だと疑ってなかった。
俺と相沢さんはいつも通りニートを謳歌している。
社長の息子ってやつは、欲しいものを意のままに出来る。と、まるで王様にでもなったかのように、相沢さんは得意気に話すのだ。それが事実かはさておき、相沢さんの部屋には新作ゲームや漫画といった、インドア派に優しい娯楽が揃っている。それらのお供にお菓子とジュースを持ち寄れば、俺たちの楽園に早変わりだ。
夢のような部屋で好きに過ごしていたら、急に稔さんが現れてこう言った。
「お前たち、仕事を探す気がないならウチの工場で働け」
断る余地はなかった。だって、俺はお金がほしい。俺の趣味のひとつにはコスプレがある。その衣裳の材料は安くない。相沢さんの部屋がどれだけ天国みたいだとしても、それはぬるま湯でしかないのだ。
コネにあやかろうとする俺の横で、相沢さんが声を荒くして言った。
「嫌だね。金持ちの家に生まれたんだ。親の脛をかじるのが最高だぜ」
親不孝の最低発言に思わずドン引きしたが、相沢さんがそう言う理由を知らない訳じゃない。
相沢さんの父親こと稔さんは、仕事が多忙で家を空けやすい人だった。相沢さんは子供時代に子供らしいことをせず、母親を精神的に支えながら、弟と妹の面倒もみていた。少なからず俺には決して弱音を吐かなかったが、その心は泣いているようにも思えた。
大人の烙印を押されて一年しか経ってない相沢さんは、稔さんから見ればまだまだ尻の青い子供でしかない。最低発言は当然のように流され、俺たちは明日から工場勤務を命じられた。
早起きして重い足取りで工場へ向かう。バックレるかと思っていた相沢さんも、ちゃんと来ていた。それに驚きつつ、先を行く相沢さんの背中を追う。
進むにつれて廊下の明かりがどんどん減り、窓からの光だけが頼りとなってきた。相沢さんが躊躇なく開く扉には、雑務だとか倉庫だとか、そんな文字が書かれたプレートがついていた。
「おはよーございまーす。今日からの相沢と来須でーす」
怠そうに挨拶をする相沢さんの横で、俺はペコリと頭を下げた。
「あらぁ、生意気そうなのと大人しそうなのが来たわねぇ」
いたずらっぽい笑みでくつくつと笑う女性。金髪というか、まっ黄色の髪が一番に目を引く。ブロンドとは程遠い、目が痛くなる色をしている。その髪を頭頂部でまとめた、いわゆるお団子ヘアの彼女は、スタスタと早歩きで俺たちの方に寄ってくる。名札にはリーダーとしか書かれていない。
「結ちゃん、俺たちは何したらいい?」
相沢さんがリーダーさんに軽口を叩く。知り合いなのだろうか。まあ、社長の息子なら面識があってもおかしくないか。
「その辺の空いてる席について、ダンボールに詰められた備品をチェックしてほしいのよね」
「はーい」
従順な相沢さんに違和感を覚えた。昨日まで親の脛をかじりたがっていた男とは思えない。
相沢さんが座る横に腰を下ろして、気になっていたことを聞く。
「あの人、知り合いなの?」
「それマジで言ってる?」
「うん」
「影が薄い女で有名な新橋結子。知らないとは言わせないぞ」
「えっ! あの人が結ちゃん!?」
相沢さんの言う通り、結ちゃんは影が薄かった。すっごく真面目な優等生で、成績も優秀だったと記憶している。髪だって真っ黒だった。
俺より五つ年上の結ちゃんと、共に学園生活を過ごしたことはないが、閉鎖的な田舎町では筒抜けの情報というものがある。
結ちゃんが近所の空き地でいじめられていたのを何度も見かけた。俺や相沢さんが助けに入ろうとすると、いつも先約がいて、出る幕はなかった。結ちゃんにも属しているグループがあるのだと、少しばかり安心していたのだが。まさか髪を黄色に染めているなんて、思わないじゃないか。
結ちゃんのいるところに奴の姿有り。そんな噂が流れるほどピッタリくっついていた男――坂本がここにいるような気がした。
辺りを見渡すと、ハンドリフトを怠そうに動かす男が視界に留まる。茶髪の天パに加えて、背中に可愛らしいブルドックの絵柄が印刷されたジャージを着ている。それは坂本が常に愛用していたブランドのものだ。
「あのハンドリフト動かしてる人、坂本さんだよね?」
思わず相沢さんに確認をとるが、首を縦に振るだけだった。幼い頃は坂本を見ただけで嫌そうな顔をしていたのに。
チラリと坂本に視線を向けると、目と目があった。しかし、すぐに逸らされてしまう。
色んなことが変化していると、外に出て初めて気づいた。
ご近所さんの情報は母親の口から絶えず入ってくる。それに耳を塞ぐ術を、この町の子供なら習得しているはず。斯く言う俺は、耳どころか心を塞いできたのだが。
記憶の中でキラキラと色褪せずに輝いていた思い出が、次々と目に映し出されていく情景に塗り替えられていく。心の中の風景はあっという間に現実にフォーカスしてしまった。
8/30/2025, 8:15:39 AM