もち

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#どうして

 
 
 
 いまだに、引っかかっている言葉があります。


 
──どうして、どうして、って。子どもじゃ
ないんだから。

 
 
 小さい頃から、どうして、ばかり言って
きました。
 
 どうして眠くなるの?
 どうしてシャンプーは目にしみるの?
 どうして虫はかわいくないの?
 
 あんまりうるさく聞くせいで、ある日、親から図鑑を渡されました。自分で調べなさいと言うのです。適当にあしらわれた気がしました。子ども心に不信感を抱き、大人なのに完璧じゃないんだと失望したのを覚えています。小学校を卒業する頃には、新品だった図鑑はめくり癖がついてボロボロになっていました。
 その後も、どうして、は相変わらずでした。
 
 どうして目が合うんだろう、こっちは窓に映った彼女を見ていて、向こうは窓に映ったわたしを見ているのに?
 どうして「赤」を表す漢字がこんなに色々あるんだろう?
 carrot(ニンジン)は数えられるのに、corn(トウモロコシ)は数えられない?どうして?
 
 どうして、が純粋に好きなのです。
 見つけると、わくわくするのです。とんでもない秘密が隠されているに違いない。解き明かさねば、おちおち寝ていられない。さながらピラミッドを調査する考古学者の気分です。
 社会人になってからは、「どうして」はより実務的になりました。
 
 どうして、この手順をここに挟むんだろう?
 2、3をすっ飛ばしていきなり4では、どうして駄目なんだろう?
 
 これは重要なことだと、わたしは思っています。マニュアルの根本にある意図を理解しておかないと、咄嗟に対応できなくなります。意図さえ把握しておけば、手を抜いてもよい部分と気合いを入れねばならない部分がはっきりします。すべてに満遍なく注力するなど、人並みが精一杯のわたしのような人間には無謀すぎます。

 以前の職場での話です。

 ある日、他部署にまわした書類が突き返されて、小さな騒ぎになったことがありました。同僚の担当していた案件でした。
 書類についていた附箋には「どうして、こうなるのですか?」と、向こうの担当者からの質問が書いてありました。
 ちょうど、こちらの部署でルーチンの一部を変更したばかりでした。はっきり覚えていませんが、業務でミスが発生したため再発防止として書類のフォーマットを一部変更したとか、チェック工程が増えたとか、そんなところでした。
 附箋をつけた彼の疑問を、わからなくもない
とわたしは思ったのですが、同僚たちは違った
ようです。
 他の担当者はなんのトラブルもなく完成させた書類を返してくれた、細かいことに引っかかって
つまずいているのはあなた一人だけだ。それが同僚たちの一致した意見でした。
 彼の評判があまり芳しくなかったのが、不利に働いたように見えました。理屈っぽいところがあるらしく、とにかく面倒くさい厄介な人だと、担当の同僚たちがこぼしていました。
 附箋上のやりとりだけでは納得できなかったので
しょう。
 彼はわざわざ、こちらの部署までやってきました。案件担当者である同僚のデスクでなにやら話し込んだのち、腑に落ちない顔で帰っていきました。その背中を見送って、先輩がぼやきました。
 
「どうして、どうして、って。子どもじゃないんだから」
 
 ひっぱたかれた気分でした。
 自分に言われたような気がしたのです。
 好奇心なんか持ってはいけない、もう大人なんだから、そう、否定された気がしたのです。
 言い返そうか、悩みました。自分よりずっとベテランの、部署のみんなから頼りにされている先輩です。結局、あいまいな苦笑いを返して、なかったことにしてしまいました。

 
 どうして、と考えるのが好きです。
 やっぱり今でも、変わっていません。
 見つけると、わくわくします。隠された理由を探して、すべてを忘れて夢中になります。
 それでも時々、あの言葉が古傷のように
うずきます。
 ズキンと、ほんの少しだけ、悲しくなって
しまいます。
 
 
 
 
 
 

1/14/2024, 6:39:23 PM