はるさめ

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「月が綺麗ですね。」

まんまるの満月が私達を照らす帰り道、
君は前を見つめてそんなことを呟いた。

君と出会ったのは、もう覚えてもいないくらい小さい時で、それから高校3年生の今まで何だかんだずっと一緒にいた。幼馴染。私達の関係性を表すに適切な言葉はきっとそれなのだろう。

でも、私はいつからか幼馴染では足りなくなっていて、それは君も同じだった。
いたずらにぶつけ合いどちらからともなく繋いだ手、毎日のように一緒の登下校、入り浸る互いの部屋。
どれもが友達を超えた触れ合いで、空間が纏う空気も決して一般的な幼馴染と同じではなかった。

しかし、私達は恋仲ではなかった。
私達の中には明確な言葉が無かったから。
言葉にせずとも、互いに恋焦がれていることは知っていた。それが分かってしまうくらい長い年月を共に過ごしたのだから。
故に、この生ぬるく居心地のよい関係を手放したくないと互いに思っていることだって察せてしまった。

壊せない、壊したくない。
この関係はどちらかが明確に言葉を発した瞬間に終止符が打たれる。そしていつか離れるまでのカウントダウンも共に始まるのだ。
私はそれが酷く恐ろしかった。この先の人生でこんなにも傍らに居たいと思う人はいないと感じていた。
いつか離れるその時に怯えて、来たる瞬間に身を裂かれるような思いをするならば、私は。言葉にせず隣に居座るずるい人間でいたかった。

君が空気を揺らしたその言葉。
かの有名な意味を持つ言葉として捉えてもいいならば、それは明確な言葉として私達の関係性を変えることになるだろう。

選択は、私に委ねられていると思った。
私がそういう意味として捉え、それにふさわしき言葉を返すならば私達は幼馴染ではなくなる。
しかし、私が知らぬ振りをすればその言葉はただの感想として過ぎ去ってゆく。

…ずるい人だ。
ここまで思案して感じたのはそれだけだった。
自分が変えるのは怖いから、私に変えさせようとしている、本当にずるい人だ。
でも、そんなずるさも含めてもなお君のことを愛おしいと思った。

そこで私は気付いたのだ。
私達が過ごした年月は、互いの欠点も全て許せるくらいには長いものだったのだなと。

良いだろう、変えようではないか。
幼馴染を逸した生ぬるいこの関係に、今まで避け続けてきた終止符を打って、新たなラベリングをしようじゃないか。
でも、私だって怖いことを忘れてくれるな。
今日この時、君の曖昧を明確にするのは私なのだ。

いつかまた私達の関係性が変わるその時は、曖昧に意思を託さず君が変えてくれることを約束としよう。


私は歩いていた足を止め、一度深く息を吐き、君との間の空気を揺らした。


さぁ、幼馴染に別れを告げよう。





「そうね。私、死んでもいいわ。」





#Love You

2/23/2023, 2:20:06 PM