目の前から降り立ったクソババアが
鬼の仇みたいに俺を睨んでる。
目の前に立ってこっちを睨んでるのだけでも
クソババアだが、
見た目が完全にクソババアだ。
髪の毛は砂みたいな色でボサボサ、
肌にはあちこちにシミがあって、
白目は黄色っぽい。
開いた口は洞窟みたいに真っ暗で、ひどい匂いがした。
多分、歯がないんだろう。
その辺のスーパーで売っているようなトレーナーとズボンを履いていた。
触らぬ神に祟りなしで、そのババアを遠巻きにして進もうとすると
ぐいっと近づいてきて、
「お前のせいで人生が滅茶苦茶になった」と叫ぶ。
俺にはこんなババアの知り合いはいない。
舌打ちをして、反対を向いて歩く。
ババアどこまでもすがってきた。
「お前のせいで人生がめちゃくちゃになった」と繰り返す。
イヤホンの音量を上げて完全に無視しようとしたが、
ババアが
俺の改名前の本名を叫んだので、
立ち止まった。
「符凛水(プリンス)!お前のせいで、人生がめちゃくちゃになった」
そう、俺の名前は18歳まで符凛水(プリンス)という名前だった。
もっともその名前をつけた女は俺が物心着く頃には目の前からいなくなっていた。
俺は親戚の家で育ち、ネットで調べて18歳を機に拓実に改名したのだ。
俺に食ってかからんばかりのババアはひたすら、弱りきった自分の面倒を見ない俺が悪いというようなことを言っている。
拓実だ、今の俺は拓実。
このババアのことはあのふざけた名前と同時に捨てたと心の中で繰り返す。
「どなたかと勘違いされているのでは?」
「わたしにはあなたのような母はおりません」と言って、腕を振り払った。
心底、他人だという声が出た。
ババアはきょとんとして、そんなはずがないとわめいていたが、俺は一瞬の隙をついてタクシーを捕まえ、乗り込んだ。
「どちらまで?」と聞かれたので
「空港へ」と返した。
「ご旅行ですか?」
「はい。たった今、思いついたので」
勤め先に、休みの連絡を入れて、スマホからチケットを購入する。
できるだけ、遠く、
できるだけ、あたたかいところへ行こう。
タクシーに乗っている間だけ、過去に戻って
その先には2度と思い出さない。
このタクシーだけが、
タイムマシーンだ。
そして2度と乗らない。
1/23/2023, 9:14:56 AM