余・白

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 「七色のともだち」  瀬川 雪編
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※登場人物

瀬川雪 セガワ ユキ 
(高校二年生/男子/七瀬の幼馴染)

七瀬 薫 ナナセ カオル
(高校二年生/女子/雪の幼馴染)

「七瀬帰ろう」

振り返った彼女の髪が揺れる、それだけで彼女をまた好きになる。
僕は彼女の幼馴染である。

「うん、帰ろう」

隣で七瀬が体操服を忘れた話をしている。「どうでもいい、」というと「それで〜」と被せてくる彼女は子供みたいに笑っている。口の端だけをきゅっとあげて笑うその表情は、子供がいたずらをする時のそれに似ている。本当におかしな奴。僕はまた、彼女を好きになる。

コンビニでアイスを買いたいと言うと、ふーんいいよと言いながらついてくる。七瀬が「ジャンケンで買った方が奢りにしよう」と訳のわからないことを言い出したので、仕方なく付き合う。獲物を狙う猫のような目つきで構える彼女を、本当のアホなのではないか?と思った。七瀬ほど楽しげにジャンケンをする人も珍しい。僕はまた、彼女を好きになる。


「溶けてるね」

男気ジャンケンにちゃっかりと負けた(この場合の負けは即ち勝利である)七瀬が、隣でクッキーサンドを頬張っている。手の体温が高いからか、僕のチョコミントバーはドロドロに溶けていく。既に食べるところが少ない。

「そういえば洸くんがね、私の肖像画を描きたいんだって。それを、次の絵画のコンクールに出展してもいいか?って聞かれたんだよね」

「‥ そう。」
答えて、ドロドロのチョコミントバーを舐める。七瀬は洸くんと上手くいってるようだ。「洸君とこの夏、どこに出かけようかな?」という相談を、昨日もされたばかりだった。無難に花火とかテーマパークとかは?と提案したものの、「いやぁそれはもうちょっとしてからかな〜」と考える余地すらないようだった。(あれはおそらく相談ではなく惚気だったのだろう)浮かれきる彼女を、まるで子供だな〜とおかしく思い少し笑った。僕はまた、彼女を好きになる。

ところで洸くんの前世は、とんでもない功績で溢れているに違いない。七瀬と恋人になれる可能性があるなんて、相当の徳を積んでいるはずだからだ。僕の様な奴は、どうせ前世で大した徳を積んでいない。むしろ罪を犯していないかが心配だ。今世はひたすら徳積みの段階という気さえしてくるので、七瀬と付き合えるかもしれないなんて希望を持ったことすらまるでない。羨ましくはあるけれど、仕方ない。七瀬が好きになった洸くんが、どうかいい奴でありますように。

「いいね、きっと素敵に描いてくれるよ」

「ね〜」
七瀬が気の抜けた返事をする。その雑さに僕は再び笑う。僕はこの七瀬のいかにもてきとうな相槌がすきだった。「こいつは一体何に笑ったんだ?」と隣の七瀬に一瞥される。僕の笑いはというと大抵七瀬から生み出されているのに、当の本人はそれに気づいていない。それどころか僕の笑いの感性に隣でいちゃもんをつけている。僕はまた、彼女を好きになる。

夏休みは七瀬にあまり会えなくなるだろうか?花火大会に一緒に行きたかったけれど、洸君が現れた今、誘うのもはばかるべきなのかもしれない。想像上でしか描けない洸くんの恋愛価値観について考えていると、手遊びが過ぎて右手の中にあるアイス棒をバキっと折ってしまった。

「あ‥」

「も〜、そういうところだよ。怖いからやめなよ」

七瀬が折れたアイス棒に過剰反応を示す。彼女曰く、僕は何を考えているかわからない瞬間があるようで、それについての説教を食らう。わかったよもう、突然捲し立てて喋ることでもないだろう?興奮した様子で話す彼女がおかしくて僕が笑うと、またもや不思議な顔をして首を傾げる。いつだって君は本気なんだな。僕はまた、彼女を好きになる。

もし七瀬とテーマパークに行くことがあったなら、お揃いの耳とかつけるのだろうか?二人で、浮かれて写真を撮ったりするのだろうか。そこにいるのが僕だったら、七瀬とどんなふうに過ごすだろうだろうか。まぁおそらくは、とにかくずっと笑ってるだろう。七瀬が何をしたとしても、僕にとってはその全てが面白おかしく、愛おしいのだから。

「機嫌、悪いの?」

「え?いや全然。妄想に浸ってた」

「なんだ〜、険しい顔してたよ」

僕はきっと自分が思う以上に、七瀬の横にいることが叶う洸くんが羨ましいのだろう。僕の叶えたいこと全てを叶えていくであろう彼が、羨ましくて仕方がない。

「なんか楽しい話あったら聞かせてね、休み中でも」

「洸くんとの?」

「そう」

「了解っ!」

弾んだ返事をする彼女は明らかに機嫌が良さそうで、本当にわかりやすい子だなと再び笑う。



僕はまた、彼女を好きになる。







3/2/2025, 12:28:10 PM