シュグウツキミツ

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水藻祭礼


祭礼が開かれていた。あれは祭礼だったのか?

俺は確かに水の中にいたんだ。
丹生池では金が採れるともっぱらの噂だった。実際、近所の田中ん家の親爺がそこで金を採ったらしい。やけに羽振りがよくなって、車を買い替えたと思ったら引っ越していきやがった。
俺は、金が欲しかった。金さえあれば、こんなつまらない仕事をさっと辞めてやれる。こんな、職場と家を往復するだけの毎日なんて。夜明け前から3交代でクタクタになって家に帰る。休みなんて疲れてなにもできやしない。
金が採れれば、田中ん家の親爺のように、いい車が持てるし、ないより当分は仕事もしないで済む。
丹生池は、そんな近所の噂を信じて集まったやつらで一杯だった。
俺は、有給を使って職場を休み、誰もいない平日の昼間に潜ることにした。

淡水がこんなに潜りにくいなんて思わなかった。海ならば、もっと楽に浮かべるのに!
誰にも気づかれずに、俺は一人、池の底へ沈んでいったんだ。

祭礼が開かれていた。色とりどりの提灯が下がる。ガキの頃に行った近所の祭と似ているが、違う。提灯に書かれている文字が読めない。何か、字、らしきものがあるが、それがなにを意味しているのかがわからない。俺の知っている字ではない。
提灯も、色がやけに鮮やかだ。こんな、ショッキングピンクだのビビットなレッドだの、見たこともない色合いだ。
屋台が並ぶが、並ぶ商品も……これはなんだ?丸く渦を巻いていたり、長くて周りに突起があったり、湯気が立っているが……食い物か?ふと屋台の奥に目をやると、なにか霞がかったようなものがいる。売り子はどこにいる?売り子?あれ?
気が付いた。やけに静かじゃないか。
こんなに屋台が出ているのに、何も鳴っていない。人の声もしない。なにより、物音一つしていないじゃないか。
慌てて周りを見渡すと……なにか、影のような、なにかがたくさん揺らめいている。
なんだここ……おれはどうしたんだ、そうだ、確か、俺は。
自分の体を見回してみる。ダイビングスーツも、酸素ボンベも、池に入った時に身に着けていたものが、ない。なんだこの浴衣は。着古したような、色褪せた赤の三角模様の浴衣。やけに体に馴染む。どこかで見た柄だな、とは思ったんだ、その時は。
だが、それよりも、なぜ俺がここでこんなことしているんだ。たしか、俺は。
……池に沈んだのではないか?ならばここは……池の底ではないのか?
恐る恐る、屋台の天幕に手を伸ばす。
触れる、感触がある。だが、濡れていない……そうだ、俺もこんな格好で全く違和感もなく歩いていたではないか。体も髪も濡れていない。それどころか、息だってできている。
息をしている……ならば俺は生きているのか。死んだわけではないのだな。
ここは、ここは一体何なんだ。
この、やたらと明るい祭礼の場が、急に恐ろしく感じて、俺はその外に向かった。道の両脇には延々と屋台が並ぶ。普通の祭ならこれだけ歩けばすぐに途絶えるはずなのに。同じ屋台は二つとなく、ならばこれらはみな違う。あるけどあるけど先はあり、人か影かもわからぬものが、我の周りにゆらめくのみ。行けども行けども先はのび、やがては、きんぎょになりにけり。

4/15/2026, 9:36:26 PM