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151.『ハッピーエンド』『何気ないふり』『幸せに』


 友人の友子と街に遊びに出た日曜日、私はとんでもない光景に出くわした。

「拓哉が知らない女性と歩いている……」
 道路を挟んだ向こう側で、恋人の拓哉が知らない女性と歩いていた。
 とても綺麗な女性と、腕を組んで歩いている。
 顔はよく見えないが、嫌がっている素振りもない。
 つまり無理やりでなく、拓哉の意思で腕を組んでいる。

 これはいったいどういう事だろう?
 腕を組んで歩くのは恋人の特権だ。
 もちろん拓哉の恋人は私だし、社会通念上それ以外の女性は腕を組んではならない。
 つまり、拓哉の腕は、私こと咲夜専用の腕なのだ。
 にも関わらず、彼女持ちの男が、彼女以外の女と腕を組んで歩いている理由。
 それは――

 全く見当がつかなかった。


「あっ、咲夜の彼氏が浮気してる」
 隣を歩いていた友子がポツリと呟いた
 せっかく現実逃避をしていたのに、なぜ友子はひどい現実を突きつけるのか?
 現実の重さを受け止めきれず、私はその場に膝から崩れ落ちた。

「ちょ、咲夜!?」
 慌てて友子が私の腕をつかむ。
 そのおかげで私は地面にぶつからずに済んだが、体に力が入らない。
 よろけながら、道路わきの縁石に腰を下ろした。

「ごめん、そんなにショックを受けるとは思わなかった」
「ダイジョウブ、キニシテナイ」
「大丈夫じゃないやつだ……」
 よっぽど酷い顔をしているようだ。
 友子が心配そうに私の顔を覗き込む。

「確かに『浮気』って言ったけどさ。
 まだ決まった訳じゃないでしょ」
「気休めはよしてよ!」
「咲夜の彼氏のことをあんまり知らないけどさ。
 彼、浮気するタイプには見えないんだよね。
 咲夜とデートしているところ見たことあるけど、彼、ずっと咲夜のこと見てるもん」

 そんな事言われなくても分かってる。
 私も拓哉の事を見ているから。
 だからこそ、目の前で起きていることが信じられない。

「何か理由があるんだよ。
 例えば、お姉さんとかじゃないの?」
「拓哉は一人っ子だよ」
「あっ、お母さんの可能性は?
 恋人みたいに仲のいい親子っているでしょ」
「親に会ったことあるけど、違う人」
「道案内でもしているんじゃない?」
「腕を組む必要性がない」
「……浮気かも」
 友子が諦めた。

 バツの悪そうな顔をしている彼女をよそに、私は人生の無常さに思いを馳せていた。
 なんでこんなことになったのだろう
 昨日だって普通にデートしたのが、遠い昔の様だ。
 あの時、結婚式のポスターを見て、『一緒に幸せになろう』と言ったのは私の気のせいか?

 あの時の顔を赤くしていた拓哉と、今だらしない顔をしているであろう拓哉。
 どっちが本当の拓哉なのだろう。

 拓哉に限って浮気はありえない。
 でも目の前で拓哉は浮気をしている。

 私はグルグル思考が回り、まるで夢の中にいるみたいに現実感が無い。
 混濁する意識の中考えに考えて、私は一つの結論にたどり着いた。

「直接聞く!」
「ちょっと咲夜!?」
 私は立ち上がって、横断歩道に向かって走り出す。
 タイミングよく信号が青になったので、そのまま横断歩道を走って渡り、拓哉たちの前に回り込む。

「拓哉!」
 浮かれていたのか、私が呼びかけてから初めて気づいた拓哉。
 驚きの表情を浮かべて私を見る。

「その女、誰!?」
 正直聞きたくは無かった。
 見なかったことにして、明日から普通におしゃべりしてデートしたかった。
 でも無理だ。

 拓哉の行いを見なかったことにして、明日から何気ないふりでおしゃべりするなんて出来ない。
 ここで聞かなければ、これからずっと私の心は晴れないまま。
 たとえ、私たちが思い描いたハッピーエンドが無くなろうとも、ハッキリさせるべきだった。

 永遠とも思える静寂。
 まるで死刑宣告を待ってる気分。
 早く楽にしてほしいと思いながら、待つことしばし。
 口を開いたのは、拓哉ではなく女の方だった。

「あら、咲夜ちゃんじゃないの。
 奇遇ね」
 穏やかな笑みを浮かべて、私を見る女。
 これは余裕?
 一瞬マウントを取ってきていると思ったが、どうもそんな雰囲気ではない。
 どちらかと言うと親しい知り合いに向ける笑みのような……

 でも、私はこの女を知らない。
 この女はいったい誰?
 混乱した私は、助けを求めるように拓哉を見ると、彼は苦虫をかみつぶしたような顔をして言った。

「……俺の父親だ」
「…………は?」

 思いがけない答えに呆気にとられる私。
 そのまま隣の美女に視線を向けると、彼(?)はコクリと頷いた。
 
「父です」
「いやいやいやいや!
 無理があります!」

 待ってほしい。
 私は拓哉のお父さんには挨拶済みだ。
 質実剛健を体現したような男らしい拓哉のお父さんが、なぜ今、人気モデルのような美人になっているのか。
 メイク技術が凄すぎる。

「拓哉のお父さん、女装が趣味なんですか?」
「女装が趣味と言うのではないの。
 誤解しては困るわ」
「ではなぜ?」
「息子が意地っ張りでね。
 この格好でないと、一緒に外に出てくれないのよ――」
「違う!」
 拓哉が叫ぶ。

「朝ご飯食べていたら、コイツがいきなりこの格好で現れたんだ。
 呆気に取られていたら、無理矢理腕を……」
 拓哉はそう言うと、組んでいる腕を前に出す。
 なるほど、こうして近くから見ればよく分かる。

 仲良く腕を組んでいるように見えたそれは、実際のところ絶妙な角度で拓哉の腕をひねり上げ、逃げられなくしていた。
 その証拠に、拓哉の手はお父さんの手をつねっていた。

「良く分からないけど、浮気じゃないことは分かった」
「オヤジとの浮気を疑われて破局なんて、冗談でもねえ」
 本当に良かった。
 拓哉が浮気をしていなくて。
 安心したらお腹が空いたな。

「じゃあ、気は済んだから続きをどうぞ。
 拓哉のお父さんとデートを楽しんでね」
「え、助けてくれないの!?」
「なんかいっぱいいっぱいで、助ける気力が無い」
「そんな!」
 私が「拓哉をよろしくお願いします」と頭を下げると、お父さんはにっこりと微笑みながら拓哉を引きずっていった。

 ごめんね、拓哉。
 正直な話、理解の範疇外すぎて、関わりたくないんだ。

「で、どうなったの?」
 私が二人を見送っていると、いつの間にやって来たのか、隣に友子が立っていた。
 どうやら遠くから様子を窺っていたようで、よく事情が分かってないらしい。

 私はどう説明したものか少し考えて、こう答えた
「一言で言うと、恋人みたいに仲のいい親子ってやつです」

4/7/2026, 11:58:04 AM